67.給仕(3)
「ん……ふわぁ、よく寝た」
一時間くらい寝ただろうか、机に寄りかかって寝ていた体をゆっくりと起こす。借りた部屋の机でうたたねをしていたが、いつの間にか寝入ってしまったらしい。
んー、と背伸びをする。はー、と脱力して窓の外を見る。まだ日が高いのか温かい日差しが窓から差し込んできていた。
休憩時間は終わりだ、イスから立ち上がり部屋を出て行く。階段を降りて正面の扉から出ると、調理場にはおじさんはいなかった。良かったまだ始めていないみたいだ。
ホールの方に行くと頬杖をついていたおじさんの後ろ姿があった。よく見ると規則正しく上下している、寝ているのかな?
「おじさん」
「……んあぁ、あぁ」
声をかけるとガクンと頭が動いた後、のっそりと動き始める。
「先に野菜を洗いに行ってきますね」
「……あぁ」
まだ覚醒していないのか生返事しか返ってこなかった。おじさんも疲れているんだな、ずっと立って一人で調理を担当していたんだもんね。
私はそのままホールを出て中庭に行った。野菜を洗う前に洗濯物が乾いたか確認すると、しっかりと乾いていた。野菜が洗い終わったら取り込もう。
早速倉庫に行き、桶を井戸の近くに置いてから水を入れる。泥のついた野菜をカゴに入れて、井戸の傍まで行くと野菜を桶の中に入れた。
それからしゃがみ込んで一つずつ野菜を手に取ってたわしで擦っていく。地道な作業だけど、この作業はどっちかっていうと好きなほうだ。単純作業だから夢中になれるからいい。
黙々と作業を続けて、野菜を洗ったカゴが4つできた。今度はカゴを持って、調理場へと向かう。
調理場に行くとおじさんがすでに起きていて、お肉の処理を始めていた。
「おじさん、野菜洗い終わりました」
「おう、ありがとよ。置いておいてくれ」
声をかけて野菜が入ったカゴを置く。中庭と調理場の行き来を何度かすると、全ての野菜を調理場に入れることができた。さて、洗濯物を取り込もう。
その時、二階からゆっくりとおばさんが降りてきた。
「あ、リルちゃん。そろそろ洗濯物を取り込んで欲しいんだけど、いいかしら」
「はい、これから取り込むところでした」
「そう、なら二階まで持ってきてくれる?」
「分かりました」
おばさんはそれだけをいうと再び二階へとゆっくりと登っていった。おばさんは杖をつきながらもあっちやこっちで出没する、うーん怪我が期間内に治るのかな?
そんなおばさんのことを心配しながら中庭に出る。壁際に置いてあった洗濯カゴを手に持って、洗濯干し紐の下に置く。それから一つずつ洗濯物を取り込んでカゴの中に入れていった。
全てを取り込むとおばさんに言われた通りに階段を登って二階にやってきた。えっと、おばさんがいるところは……あっ、あそこ扉が開いている。
半開きになっていた扉を開けると、ソファーとテーブルがある部屋におばさんはいた。
「おばさん、洗濯物を取り込み終わりました」
「ありがとう、テーブルの横に置いておいてくれない?」
おばさんは縫物をしている手を止めて、ソファーの端に置いた。私がテーブルの横にカゴを置くと、早速洗濯物を畳み始める。
「私も手伝いますか?」
「いいの、いいの。折角のお仕事ができたんだから、私がやるわ」
相当暇をしているのか、嬉しそうに洗濯物の皺を伸ばしてしっかりと折り目をつけながら畳み始めた。今まで食堂の仕事をしていたから手持ち無沙汰になっちゃったんだね。
「なら、食堂の手伝いに戻りますね。何かあったらまた呼んでください」
「分かったわ、その時はお願いするわね」
そのまま部屋を出てまた一階に降りて行く。あとはホールの掃除をして、パンを取りに行って、お店の開店準備だね。夜の仕事も頑張って行こう。
◇
夜の食堂は夕方から開き始めて、暗くなったら閉店だ。街灯とかないからお客さんは暗くなると帰ってしまう。でも聞いた話だと大きな町には街灯があるところもあるんだって。
お店の中にもランプはあるけど、つけるのは数えるくらいだけ。ランプをつける時間帯にはお客さんも数えるくらいしかいなくなるからね。
暗がりの道を歩くのは危険だよね、犯罪に巻き込まれる可能性もあるし。という訳で、夜のお客さんはできるだけ早く料理を提供して早く帰って貰う形が正しい。
「お待たせしました、空いている席にお座りください」
夕方に扉を開けると、すでにお客さんが並んで待っていた。お辞儀をして中に通すと、入口を固定する。夜は子供連れや冒険者も来るからとても賑やかになる。
開店したばかりなのにホールの半分はお客さんで埋まってしまった。よし、ここからは時間との勝負だ。早く注文を取って、早く作って貰わないと。
それから忙しく歩き回り、注文を聞きとってから注文を伝え回った。それが終われば水の提供をして、その間にも他のお客さんがやってきて対応したりと忙しく立ち回る。
忙しく立ち回っている間に料理ができてきて、今度は配膳にバタバタと歩き回る。忙しく動き回っていてもお客さんはお構いなしにやってくるから大変だ。
できるだけ丁寧に対応していって、空いている席に座って貰う。注文を受けると、すぐに配膳をしたり。いつ失敗しないか冷や冷やだ、一つずつ気を付けながら仕事をこなしていく。
しばらくはそんな忙しい時間を過ごしていくと、窓の外が暗くなっていく。だけど、忙しく立ち回っている間はそれが全然分からない。それが分かる時は外からお客さんが入ってこなくなってからだ。
こうなったら、お客さんはもうこない。空いた時間で皿洗いも始めていく。お会計はおばさんがやってくれるので、他の雑用をこなしていった。
そうして、最後のお客さんが帰って行く。
「ありがとうございましたー」
お辞儀をしてお客さんを見送っていく。
「お店閉めますねー」
「お願いね」
おばさんの了承を得てからお店の扉を閉めて鍵をかける。これでお客さんは来ないだろう、あとは店の中のやることを済ますだけだ。
「じゃあ、先に飯にするぞー」
すると、おじさんが料理を手に持って空いていたテーブルに並べ始めた。今日のメニューは残りものだ。残り物といっても、煮込み料理もあれば焼いた肉もあるしパンもある。豪勢な食卓だ。
いつもよりも多い食事にここにきてから毎日お腹がはち切れそうだ。でも、残すのはもったいないし全部食べちゃう。その度に夫婦はニコニコと笑うのはどうしてだろう、やっぱり口に何かついている?
食事が終わるとお客さんが残していった食器を片づけて、洗って、拭いて、棚に戻す。それからテーブルを拭いて今日の一日の仕事は終了だ。
ここからがフリータイムなんだけど、私は中庭を借りて鍛錬をしている。体が鈍らないように剣を振ったり、身体強化を使って実戦形式で剣を振ったりもしている。
それから余った魔力を使い切るように魔法を使う。火球を出してずっと維持したり、夜空に向けて風魔法を撃ったり、両手で雷を発生させて維持したりしている。
そんな訓練の間にはタライに水を張り、焼いた石を入れてお湯に変えておく。すると鍛錬が終わるころには小さなお風呂が完成する。
最後に一日の汗を流すためにタライのお湯の中に入り、体を清めていく。はぁ、お風呂はやっぱり気持ちがいい。今度は川での水浴びを止めて家にもタライを設置しておいてお風呂に入ろう。
前世を思い出して一年以上経ったけど、状況は良くなっていっている。何も行動しないでいたら、温かいお風呂に入ることも、美味しいご飯を食べることもできなかった。
お風呂を上がり、部屋に戻る。しばらくお世話になっているベッドの中に入ると、自然と眠気が襲ってきた。今日も一日お疲れ様。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます