66.給仕(2)

「じゃあ、パンのお使いお願いな」

「はい、行ってきます」


 おじさんからパンの代金を貰い、カゴを背負った私は店を出て行く。パン屋はここから歩いて10分のところにある。


 食堂だけどパンを焼く設備がないから、毎日パンを買いに行かなくちゃいけない。パンがあると無いとじゃお客さんの入りが違ってくる、とおじさんは力説していた。


 私もできれば食事にはパンがあったほうがいいなっと思う。本当は白くてホカホカなご飯が食べたいけど、この地方にはないらしい。いつか旅することがあったら白いご飯を食べてみたいな。


 そんなことを考えている内にパンの香ばしい匂いが漂ってきた。しばらく歩いていくと目的のパン屋さんがあって、中へと入って行く。


「すいません」

「はーい、あらリルちゃん。いつものパンね」

「はい80個ください」


 パン屋の中に入るとおばさんがいて気軽に話しかけてくれた。私は背負っていたカゴをおばさんに渡すと、おばさんは店の奥に引っ込む。中でパンを入れてくれるからだ。


 待っている間は店の中を見回す。レトムさんのパン屋さんと似ている店内には、何種類かのパンが並んでいた。見慣れた丸パンや、何かが入ったようなパン、細長いパンまである。


 店によってパンの形は色々あるんだなー、と思っていると店の奥からおばさんが出てきた。


「はい、お待たせ。8000ルタよ」

「こちらに、丁度あります」

「はい。えーっと、確かに。またよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」


 パンの入ったカゴを受け取り、代金を支払う。パン屋の売り子だった私が逆の立場になるなんて思わなかった。軽く挨拶をするとパン屋を出て、食堂まで歩いていく。


 背中からパンの匂いがしてきてたまらない。焼きたてだったのか、背中がほんのり温かくなってくる。味を想像して唾液が出てきちゃった、昼ごはんが今から楽しみだな。


 背中のパンに気を取られながらも、道を進んで食堂に戻ってきた。店の中に入ると、肉が煮込まれている匂いを感じる。仕込みの匂いって本当に魅力的だな。


「おじさん、戻りました」

「おう。パンを置いたら、中庭に行ってくれねーか? あいつが洗濯物を干してるんだ」

「えっ、大丈夫なんですか? すぐに行って手伝って来ますね」

「頼むわ」


 調理場に行くとおじさんが困ったような顔をしていた。おばさん、松葉づえをつきながら洗濯物は危ないよ。パンの入ったカゴを置くと、すぐに中庭に出て行く。


 中庭へ出ると、洗濯物干し紐の前で四苦八苦しているおばさんがいた。片手で洗濯物を干そうとするんだけど、上手くしわを伸ばせられていない。


「おばさん、洗濯物を干すのは私がやりますよ」

「リルちゃん、ありがとう。片手でもできるんじゃないかって思ったんだけど、ご覧の通りだわ」

「松葉づえをつきながらは難しいですよ。ささ、おばさんは開店まで休んでいてください」

「やることなくて暇なのよ。あと、何かできることはないかしら」


 おばさんを中庭から追い出して休ませようとするが、おばさんは全くこりていない。他にやることはないかと杖をつきながら探しに行ってしまった。


 足をくじいて生活が一変しておばさんはできることができなくなってしまった。だから暇を持て余しているのか、普段できないこともやっているらしい。


 足が悪化しなきゃいいんだけど、本当に大丈夫かな。強く言うことはできないけど、心配だ。でも、ずっと黙って座っているのも気がめいってしまうから仕方ないのかな。


 おばさんが置いていた洗濯カゴの中から洗濯物を取り出し、洗濯干し紐に洗濯物をかける。それから皺を伸ばして形を整えた。


 心配だけど、まずはやることをやって行こう。おばさんは私の洗濯物も洗ってくれているから、とても助かる。いっつも自分でやっていたから、こういう時誰かにやって貰うと嬉しいんだよね。


 それから黙々と洗濯物を干していった。


 ◇


 洗濯物が干し終わると、お昼になった。お客さんがくる時間だ。


 エプロンをして、髪の毛を縛って準備完了だ。木札の入ったカゴを手に持って、お店の玄関を開けるとすでにお客さんが数名いた。


「お待たせしました、空いているお席にお座りください」


 しっかりとお辞儀をしてから、中へと入ってもらう。お客さんが入ったら扉を固定して、早速注文をとりにいく。


「ご注文はお決まりですか?」

「煮込みとパンと水な」

「俺は焼きとパンと水」

「かしこまりました、煮込みと焼き、それとパンと水が2つですね。お会計の時にこの木札をお持ちになって下さい」


 お客さんの注文を聞いたら、カゴに入った木札をそれぞれに置いていく。これがお会計表の代わりになってくれる。ちなみに水は有料だ。


 一組の注文を受けたら、すぐに調理場に顔を出す。


「煮込みと焼き、一つずつ。パンも一つずつです」

「あいよ」


 おじさんは調理場のテーブルの上に注文の木札を並べた。これで作るメニューを分かりやすくなる。


 メニューを伝え終わると、すぐに違うお客さんのところへ行って注文を聞く。


「お待たせしました、ご注文はお決まりですか?」

「焼きとパンと水」

「私は煮込みとパンと水」

「私も煮込みとパンと水ね」

「かしこまりました。焼きをお一つ、煮込みをお二つですね。パンと水がそれぞれ一つずつ……お会計の時にこの木札をお持ちになって下さい」


 カゴに入った木札をそれぞれに置き、すぐに調理場へと向かう。


「焼き一つ、煮込み二つです。パンも一つずつ」

「はいよ」


 私が注文を言うとおじさんがテーブルの上に木札を並べていく。ここでおじさんが注文の肉を焼き始めた。煮込み料理はお皿に盛るだけなので後回しだ。


 お客さんが来ない内に今度は水を用意する。棚から木のコップを取り出して、お盆に乗せていく。それから水瓶の蓋を開けて、柄杓で水をすくってコップに入れていった。


 全部入れ終えたらあとはお客さんに出すだけ。再びホールへ行くと注文を受けた順番に「おまたせしました」と言いながら水を置いていく。


 ガランガラン


「いらっしゃいませー。空いているお席にどうぞ!」


 お客さんが入り始めた、昼の本番だ。忙しくなるぞ、失敗しないように頑張らないと。


 ◇


 あれから2時間が経ってようやくお客さんがいなくなった。


 私はひたすらお客さんから注文を受け取って、注文の品を届ける。食べ終わったら皿やコップを調理場に持って行って、テーブルを拭く作業を続けた。手が空けば皿洗いもやっていた。


 おじさんは調理場で注文の品を作り続け、おばさんはイスに座りながらお会計を済ませる。


 そんな仕事を終えて、ようやく昼食の時間になった。まだ後片付けが残っているけど、先に昼食を取るのがこの店のやり方らしい。


 今日のお昼は焼いたお肉に豆と野菜のソースをのせたものだ。それにパンと煮込み料理の残ったスープ。


 お腹がペコペコな時に食べるスープは旨味が体中に染み渡って、幸せの感覚が体中から滲み出してくる。


 ソースのかかったお肉はとってもジューシーで柔らかい。ソースの旨味と肉の旨味が口の中で混ざり合い、それを飲み込んだ瞬間に美味しさが爆発する。


 パンはスープに浸しながら食べたり、皿に残ったソースを拭うように食べたりした。どっちも美味しくて幸せだ。


 そして、なぜか夫婦は食べている私を見て笑っている。どうしたんだろう、何か口についてたりするのかな。うーん、何もついていない……なぜだ。


 ご飯を食べたら後片付けの後はお昼の休憩だ。んー、それにしてもこのソースが美味しい。

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