第四章 冒険者ランクD

65.給仕(1)

 眩しい光で目覚めた。ふかふかな布団の中でゴロリと体を転がして、横向きになる。薄っすらと目を開けると木造の綺麗な壁が見えた。


 朝だ。ゆっくりと体を起こして、体を上へと伸ばす。心地いい寝起きで、少しだけボーッとしてちょっとの堕落を楽しむ。


「あー、着替えなきゃ」


 新しく買った寝巻は上下別々のもので寝返りしやすくて良い、買って正解だ。ベッドの上から敷きマットの上に降りる。目の前にあるタンスを引いて開けると、自分の服が折り畳まれて入っていた。


 何着かある服の中からブラウスとスカートと靴下を取り出す。それから寝巻を脱いで、取り出した服に着替える。最後にマットの隣に置いておいた、新しく買った革靴をはく。


 部屋を出る前に手ぐしで髪を整えたら完了だ。ドアノブを回して部屋を出ると、すぐ目の前には階段が見える。その階段の下からはいい匂いが漂ってきていた。


 お腹が鳴りそうなのを堪えて、階段をゆっくりと降りて行く。降りて行った先には幾つかの扉があり、その真正面にある開けられた扉から入って行く。


「おはようございます」


 扉を出てすぐに挨拶をした。横を見ると、大きなかまどがあり調理器具が並んでいる調理場だ。そこには一人のおじさんが立っていた。


「おう、おはよう。もう少ししたら朝ごはんができるからあっちで待っていてくれ」

「はい」


 調理場を抜けた先にはいくつものテーブルやイスが並んでいた広い場所に出た。そのすぐ傍の席には一人のおばさんが座っていた。


「おはようございます」

「あぁ、おはよう」


 挨拶をするとニコリと笑ってくれる。そのおばさんの近くには松葉づえが立てかけられていて、一本の足がイスの上に乗せられていた。


「足の具合はどうですか?」

「大分いいよ。まだ店には出られないけど、細々した家事とかはできそうさ」

「無理しないでくださいね。できないことは私がやりますので」

「うん、ありがとね。その時はお願いするわね」


 包帯が巻かれた足はとても痛々しかった。それでも動くというおばさんの言葉を聞いて心配になってくる。できれば安静にしていて欲しいけど、本人が大丈夫って言っているからいいのだろうか。


「できたぞー」


 おじさんが大きな皿を持って現れた。テーブルに置かれると、いい匂いを強く感じることができる。


 今日のメニューはパン、焼いたハム、野菜サラダ、スクランブルエッグだ。とてもボリュームがあって、朝からお腹一杯になりそうだ。


「私、水持ってきますね」

「頼む」


 イスから降りて調理場に行く。調理場には大きな水瓶がある。棚にしまわれたコップを手にすると水瓶の蓋を開けてひしゃくで水をすくってコップに入れる、三つ分。


 入れたら元の場所に戻って、それぞれの前に置く。


「じゃ、食べるか」

「いただきます」

「いただきます」


 手を合わせていただく。一杯食べて、今日も頑張って働くぞ。


 ◇


 私は今、泊まり込みの給仕の仕事をしている。期間は二週間で一日15000ルタ。昼と夜の給仕の仕事と調理補助、掃除に細々としたことまで色々ある。


 おじさんとおばさんの二人で切り盛りしているお店で、おばさんが足をくじいてしまって働けなくなってしまった。そこで期間限定の求人を冒険者ギルドに出したみたい。


 一日中の仕事なので高収入な上に一日三食はついてくる好条件。しかも、お部屋まで使ってもいいということで私は即決した。ちなみにお部屋は結婚して家を出て行った娘さんの部屋だそうだ。


 そんな訳で、ベッドで寝起きするという良い環境で私は働いている。んー、やっぱりベッドはいいね。町に住むことができたら絶対にいいベッドを買おう。


 朝のご飯を食べるとお仕事開始だ。


「外で野菜洗ってきますね」

「おう、頼んだ」


 後片付けはお願いして早速動いていく。調理場を通り、階段があった廊下までやってくる。その一番奥の扉から出ると、そこは小さな中庭と小さな倉庫がある場所だ。


 その倉庫を開けると中には野菜がぎっしりとしまわれていて、様々な桶やカゴが置かれている。その中から桶を取り出して外へと持っていく。


 外には井戸があり、その傍に桶を置く。それから、井戸から水を汲み桶の中に入れていく。ちなみに井戸から水を汲む時は重たいから身体強化の魔法で腕力を強化している。


 これで水の準備が完了だ。もう一度倉庫へと戻り、今度はカゴに泥だらけの野菜を入れていく。決められた個数をカゴに入れてたわしも入れ終わると、また身体強化の魔法で体を強化して井戸の傍まで持っていく。


 カゴの中にあった野菜を桶の中に移し替えて、たわしを持って作業を開始。水に浮かんだ野菜を手に取りたわしでごしごしと擦っていく。あっという間に泥が落ちるとカゴの中に入れていく。


 そんな単純な作業を黙々と続けていく。しばらく続けていくと、桶の中には野菜がなくなり泥水だけになった。よし、新しい水に替えて違う野菜の泥を落とそう。


 桶の片面を持ち上げて泥水を流す。それからまた井戸から水を汲んで、中に入れていく。


 倉庫の中へと戻り、カゴの中に目的の泥だらけの野菜を個数を数えながら入れていった。全部入れ終わると、再び井戸のところまで持っていき、桶の中に全部入れる。


 さて、また洗おう。その場にしゃがみ込んで黙々と洗い続ける。そんな作業をあと2回はこなしていった。


 全ての野菜を洗い終わり、4つの野菜入りのカゴが用意できた。あとはこれを調理場に持っていくだけだ。


 身体強化の魔法を使い体を強化すると、カゴを担いで店の中に入って行く。廊下を進み、調理場につくとおじさんが肉の調理をしているところだった。


「おじさん、野菜洗い終わりました。ここに置いていきますね」

「おう、ありがとよ」


 調理場の隅に野菜のカゴを置く。おじさんは横目で確認すると、すぐに肉の調理に視線を向けた。ここは邪魔しないように、今度はそっと置いていこう。


 中庭と調理場を往復して全ての野菜を置き終えると、今度は店の中の掃除だ。昨日の内にテーブルは拭いておいたから、床の掃除をする。


 ホールの隅に置いてあるホウキとチリトリを持ってくると、さっそくホウキで店の中をはき始める。隅から隅、隅をまあるくはいてゴミをかきだしていく。


 隅が終われば、今度はテーブルがある場所。イスを全部テーブルの上に上げると、ホウキでテーブルの下をはき始める。


 昨日の食べカスやホコリ、土、髪の毛なんかが出てくる。それらのゴミを残さないように丁寧にはき続けた。


 一つのテーブルの下を掃き終えると、次のテーブルの下を。そんな感じで次々と掃き掃除をしていくと、最後のテーブルの下も掃き終えた。


 最後に集めたゴミをチリトリの中に入れて、掃き掃除は終わった。集めたごみは調理場にあるゴミ箱に入れる。


 拭き掃除もあるんだけど、今日はやらなくてもいい日だ。一週間に一回の割合でいいっていう話だから、その通りにしている。


 というわけで、掃除は完了。昼の営業までやることはまだあるよ。今度はお昼に出すパンの買い出しだ。

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