39.訓練(1)
まさか、あの両親が村への移住を希望するなんて思ってもみなかった。集落に来てからろくに働いたことがないあの両親がだ、どういう風の吹き回しなんだろうか。
いや、あの両親のことだから細かいことは考えていないんじゃないか? 村の仕事が重労働で大変で、村によっては閉鎖的であって、もしかしたら誰も協力してくれる人がいない状況に陥るかもしれないのに。
……絶対にそこまで考えているわけじゃないと思う。移住を考えるきっかけがあったのかな。
一人で悶々としながら自分の家に近づくと、中には両親がいた。絡まれないように視線を逸らして、奥の部屋に入ろうとすると――
「おい」
声をかけられた。おそるおそる振り向くと、人を小ばかにしたような顔をしてニヤニヤしている。
「俺たちは数日後にこの集落を出て行くんだ。もちろん、お前は置いてな」
「あなたは一人で働いているんだから、私たちに付き合わなくてもいいわよね」
集落を出て村に行く話は本当だったらしい。まるで一人になる私を見下しているような視線に呆れてしまう。それで優越感にでも浸っているのか。
「俺たちは村で悠々自適に暮らしていくんだ。羨ましいだろう、だがお前は連れて行かない」
「泣いたって連れて行かないんだからね。これから一人で生きていきなさい」
……本当にこの両親はどうしようもない。何が悠々自適だ、村の仕事がそんなに簡単なものじゃないって考えたら分かるのに。
分かった、集落に居づらくなったから出て行くんじゃないのかな。集落の仕事が嫌になって村の仕事に逃げたってことだよね。そんなことで大事なことを決めちゃうなんて、救いようがないな。
本当に自分たちの子を捨てていくのに罪悪感とかないんだったら、こっちのほうがせいせいする。ん、ということはこの家に一人で住めるってことじゃない。一人暮らしができないか模索していたけど、これで一人暮らしできるってことだよね。
だったらこの話はいい話だ。村に行って苦労をするって言ってやろうとか思ったけど、何も言わないでおこう。このまま穏便にいなくなってくれればいい。
両親はまだ見下したように見てくるけど、私はできるだけ気にしないようにした。奥の部屋にいくと蔦の籠を持ち、中に拾ってきた薬草を入れる。それから籠を持ってまた家を出て行く。
毎日のご飯代くらいは稼いでおかないといけないので、日が暮れるまで薬草採取をしよう。夜ご飯のパンも家の中では食べられないもんね。両親は面倒くさいから放っておこうっと。
◇
翌日、冒険者ギルドにやってきた。昨日採取した薬草を換金して、待合席で待つ。今日は武器を使った訓練の日。1万ルタも支払ったんだから、学べることは学んでおかないとね。
「おっ、昨日の子」
声がして振り向くと、そこには昨日のおっさん教官がいた。
「そうか、訓練を希望したのはお前だったんだな」
「はい、今日はよろしくお願いします」
「おう、よろしくな。詳しい話は場所を移ってからにするぞ。とりあえず、ギルドの裏に行こう」
教官はギルドの出入口から出て行き、私もそれを追う。ギルドを出てグルっと回り込んで進むと、そこにはいつの日か見た広場があった。本当にここは訓練のための場所だったんだね。
「さてと、見たところ武器を一度も持ったことが無いって感じだが、どうなんだ?」
「持ったことが無いです」
「なら、武器選びから始めようか。ちょっと来い」
そこから一緒にやってくれるのか、すごい助かる。教官に連れられて広場の隅にあった小屋に近づく。教官が小屋の鍵を開けて、扉を開ける。中には色んな武器が立てかけられていた。
「希望する武器はあるか?」
「近接武器です」
「ん、ちょっと待ってろ」
教官は中に入り、色んな武器を持って出てきた。外に出ると地面に置き、一つずつ説明を始める。
「片手剣、両手剣、こん棒、ハンマー、メイス、槍、爪だ。一つずつ装備して馴染んだものを使用武器にするといい」
色んな武器があるんだなぁ。私は一つずつ武器を持って使う武器を決めていく。
力がないから両手剣とハンマーは無理だった。身長がまだ低いから槍とかも無理だった。こん棒と爪は大丈夫だけど心もとない。片手剣とメイスは丁度いい感じだ。
「片手剣とメイスか、どっちが使いたい」
「どっちかっていうと、片手剣です」
「よし、片手剣で訓練を始めるぞ」
私の使用武器が決まった、普通の選んだけど大丈夫だよね。初めてだから全部が手探りで分からない。もし、使っていてしっくりこなかったら変えてみようかな。
「まずは片手剣を構えて、次に斬りつける。この2つが合わさった型をいくつか実戦していく。型を覚えたら、今度は回数をこなして訓練するぞ」
◇
片手剣を構えて、縦に切りつける。まだ剣が重くて太刀筋は弱弱しいものだ。
片手剣を構えて、横に切りつける。腕がプルプルと震えて剣を振るだけで精一杯。
片手剣を構えて、前に突き出す。肩がガクガクと震えていて、剣先がブレている。
……はぁ、全然力が足りないよ。剣を構えるのもフラフラしているし、一歩が中々踏み込めない。剣を振れば、剣の重みで体の重心がずれる。振ったとしても体勢を堪えるだけで体が震えた。
「うん、こんなもんか」
「えっ、こんなので大丈夫ですか?」
「始めはこんなもんだ。あとは地道に訓練をして、力をつけるしかないだろう」
そっか、こんな感じでいいのか。あとは回数をこなしていけば、その内力もついてくるかなぁ。まだ剣を買っていないから、集落で訓練はできないし。筋トレでもしておこうかな。
「もし、魔法が使えるんなら身体強化っていう魔法を取得すれば楽になるぞ」
「魔法で身体強化、ですか?」
「魔法っていうか魔力を体に纏わせて身体的能力を引き上げる術みたいなものだ。それができれば重たい物を持つ力になったり、素早く移動できる力にもなる」
身体強化ってそんなことができるんだ。これはますます魔力感知のクエストが重要だっていうことだよね。良かった、少し多めにお金を出しておいて。いい人に当たればいいなぁ。
「もう少し訓練して今日は終了だな」
「あ、今日以外も訓練してくださるんですか?」
「訓練生の力量を見てから決めているんだ。リルの場合はあと2日くらい訓練した方がいいだろう。戦闘で必要な動きもやっておきたいしな」
「そんなに沢山してくれるんですね」
「ギルドの訓練だからな。安くないお金を貰っているんだ、しっかりと訓練させてもらうぞ」
1万ルタを支払ったかいがあった。一番教えて欲しかった戦闘に必要な動きもあるのは本当に助かる。少しでも危険が減るのはいいよね、後は私の頑張り次第だね。
「さて、始めるぞ。何かおかしいところがあったら指摘するからな」
「はい、お願いします」
教官の掛け声で訓練を再開した。少し不安が取り除かれた私は訓練を集中して行うことができた。今は辛いけど、乗り越えられないことはないから頑張ろう!
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