35.パン屋の売り子(6)

 冒険者Bランクという大きな目標ができた私はやる気を出して売り子を続けていった。二か月も経つと売り子の仕事が板についてきて、お客と会話を楽しめるほどにまでなる。三か月経つと迷っているお客にすかさずパンを売り込む度量までついた。


 難民だとオドオドしていた私はいなくなり、普通の人として接するくらいにはなっていたと思う。小さな進歩かもしれないけれど、私にとっては大きな進歩。自信がついたお陰だね。


 この仕事に出会えた事に感謝。この世界に馴染めない部分があったけど、少しずつこの世界の人たちに接することで馴染めてきた。前世を思い出してから一年も経ってないもんね、大きな前進だよ。


 パン屋の主人レトムさんは私の仕事ぶりを褒めてくれた。まぁ、中身が大人だからちょっとズルをしているのは気が引けるんだけど、ありがたいよね。


 子供の私を雇ってくれただけじゃなくて、気をつけて面倒を見てくれたみたい。積極的に話す方ではないけれど、要所を押さえて指示を飛ばしてくれたし、仕事についてのあれこれも余すことなく説明してくれた。


 お陰で心に余裕ができて、焦ることなく仕事ができたと思う。レトムさんが雇い主で良かったなぁ。


 今日も一日頑張ろう。


 ◇


「チーズパン、出来たぞ。後は頼む」

「分かりました」


 夕方に売るパンが出来たみたい。中央の台に置かれると、チーズの匂いが店内に強く広がった。この匂いを嗅ぐと一日の最後が近づいているっていう気持ちにさせてくれる。うん、最後まで気を抜かないで頑張ろう。


 いつものようにトングを使って、丁寧に棚に並べ始める。万が一にも落とさないようにパンの下に手を添えて移し替えていく。


 今日も綺麗に並べ終えることができた、達成感が心地いいな。カウンターで待とう、と思っていると店に近づく足音が聞こえてきた。今日は早いな、そう思って出入口の向こう側を見てみると――


「こんにちはー」

「いらっ……あっ」

「いた、リル!」


 カルーがいた。カルーは嬉しそうな顔をしてカウンターの傍に駆け寄ってくる。


「ど、どうしたんですか?」

「ふふふ、驚いてる。ちょっとねリルに会いたくなっちゃったの」

「そうですか……久しぶりに会えて嬉しいです」

「私もよ」


 カルーがここにくるのがすごく驚いた。働いている場所は教えてはあったけど、まさか来てくれるなんて思ってもなかった。久々に見るカルーは変わりなく見えて安心する。


「その服もエプロンも似合っているわ。あのリルがこんなに可愛く化けるなんてねー、ビックリだわ」

「もうっ」

「ふふ、ごめんなさいね。嬉しくてつい意地悪を言っちゃったわ」


 褒められているのかいじられているのか、どっちなんだろう。でも久しぶりのやり取りはやっぱり嬉しいな。


「そうだ、カルーは何か用事があって来たんですか?」

「そうなの! 私ね今度店の受付ができるようになったの!」

「えぇ、そうなんですか!? おめでとうございます」


 なんと、カルーの働き口が見つかったみたいだ。ずっとお店で働きたいと言っていたが、それが実現して本当に嬉しい、やったぁ。


「お仕事が終わったら、帰り道で色々話さない?」

「ぜひ!」

「じゃ、おもてで待っているわ」


 嬉しい申し出に飛びついた。カルーが店を出ると、すぐにお客がやってくる。よし、いつものように接客して残りの仕事を完璧にこなしていこう。


 ◇


「ありがとうございました」


 あれから夕方前の混雑が来て、忙しく接客をした。相変わらずチーズパンは人気で一番に売り切れて、売り切れた後でもチーズパンを求めるお客が後を絶たなかった。そのお客さんには丁寧にお断りして、他のパンを薦める。


 そうやって店内にあるパンをどんどん売っていき、あっという間に残り5つになる。これくらい残ると閉店だ。


「レトムさん、パンの残りが5つになりました」

「おう、なら閉店だな」

「分かりました」


 確認を取ってから閉店の準備をする。パンを板の上に移し替えて、中央の台と棚を綺麗に拭く。ついでにカウンターを拭くと終わりだ。最後にパンを2つ、好きなものを貰って帰る準備が完了。


「お疲れさまでした」

「あぁ、お疲れ様」


 挨拶をして店を出て行くと、すぐ近くでカルーが待っていてくれた。


「お待たせしました、カルー」

「ううん、全然大丈夫よ。じゃ、帰り道を歩きながら話しましょ」

「はい」


 夕日で染まる通りを二人で並んで歩いていく。始めは取り留めのない話をしたりして、久しぶりの会話を楽しんだ。あぁ、懐かしいなぁ。ゴミ回収の時は沢山お話したっけ。


「それで、お店の受付の仕事が受けられたって言ってましたけど」

「そうなのよ。道具屋のお店でね、主人の奥さんが店番してたらしいんだけど亡くなられてしまったんだって。そこで冒険者ギルドに店員補充の依頼を出してくれたらしいの」


 カルーの仕事は道具屋の受付らしい。夫婦であれば子供がいて、子供に店番を任せることが多そうだが違うのだろうか?


「夫婦にはお子さんがいなかったんですか?」

「話を聞く限りじゃ、子供は町の役人になってしまったんですって。だから、店番を任せる人がいなかったらしいわ」


 お子さんが違う職についていたら店番はできない。なるほど、と頷いているとカルーが話を続ける。


「この依頼を受ける前にね、リルが薦めてくれた勉強に力を入れたの」

「文字とか計算ですか?」

「えぇ、仕事をしていない間は孤児院でずっと勉強していたの。シスターも驚いていたわ、私が急に勉強をしたいって言い出したからね」


 どうやらカルーは私を真似て本当に勉強を頑張ったらしい。シスターが驚いていたって言ってたけど、カルーがどれだけ勉強から逃げていたのか想像して可笑しくなった。お姉さんぶるけど、そこは年相応なんだなぁ。


「勉強は本当に大変だったわ。でもリルは何も知らない所から一人で勉強してたって言ってたから、少し勉強していた私が負けるわけにはいかないじゃない」

「ふふ、カルーらしいです」

「もう、笑わないでよね」


 二人で突き合って笑い合う。そっか、カルーは私を習って頑張ったんだなぁ……嬉しい。


「文字の読み書きと計算が一通り出来たら、すぐに冒険者ギルドに言ったわ。私の時もテストされたけど、お陰で普通の技能ありって冒険者証に書かれたの」

「良かったですね。私の経験が生かされたみたいで嬉しいです」

「本当にリルのお陰よ!」


 そういったカルーは私に抱きついた。ちょっと恥ずかしいな。


「しかもね、私が孤児院の子だと知ったら住み込みで働いてもいいっていうことになったの。この仕事も私がやめない限りずっと続けてもいいんだって」

「えっ、じゃあカルーは孤児院を出るんですか?」

「孤児院は出るけどお世話になったし、これから少しずつ恩返しをしていくつもりよ」


 カルーはすごいな、もうそこまで考えて行動していたんだ。私はまだ集落を出て行くことができない。でていくためのお金が足りないどころか、仕事が安定していないからだ。私はどうすればいいんだろう。


「今度リルが外の冒険者になったら私が働いている道具屋にきてね」

「……うん、必ず行くよ」

「約束よ」


 そうだ、私は外の冒険もしてみたいんだ。カルーはカルーのやり方で目標を達成できたんだ、私は私のやり方で目標を達成しよう。


 夕日が差し込む大通りで二人でゆびきりを交わす。そのゆびきりは私のわずかに残った不安を拭い去り、前を見る目に変えてくれた。

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