33.パン屋の売り子(4)
テーブルに肘をついてうつらうつら。ほどよい疲れと満腹が合わさって眠気が襲ってきた。深く寝入らないように気を付けながら、うつらうつらとする。
心地よさにしばらく身を委ねて、休憩を続ける。どれだけ休憩したか分からないが、なんとなくそろそろ終わりそうな気がしてきた。ふと目を開けて時計を見ると、残り5分だ。起きるには丁度いい。
「んーー、ゆっくり休んだー」
イスに座ったまま腕を伸ばして背伸びをする。伸びてから体を緩めると息を吐く。うん、午後も頑張ろう。
立ち上がって受付にいくと、レトムさんはカウンターに肘をついてボーっとしていた。
「レトムさん、休憩ありがとうございました」
「ん、もういいのか」
「はい、十分休ませて頂きました」
「そうか。なら、俺は奥でパンを作っている。残りは夕方の販売だけだからな」
「夕方のパンの種類はなんですか?」
「丸パン、木の実パン、チーズパンだ。チーズパンは200ルタで売ってくれ」
「分かりました」
チーズパンか、夜ご飯のお供にはいい感じだね。今度はチーズのいい匂いでお腹が鳴りそうだな。
レトムさんと入れ替わり、受付に戻ってきた。棚を見てみるとパンは数えるほどしか残っておらず、寂しい状況になっている。
私はトングを持ってパンの整理を始めた。木の実パンが残り4個。ベリーパンは残り5個。蜜パンは残り8個。あれ、人気の蜜パンが一番残っているのはなぜだろう?
今日の売れ行きは良くなかったのかな。それとも、これから売れるのかな。
イスに座って待っていると、その謎を解くお客が来た。
「こんちはー、蜜パンちょーだい」
「私も蜜パンー」
4人の子供たちがわらわらと集まってきた。私はトングで蜜パンを持って板に移し替えると、お会計を始める。
「一つ180ルタになります」
「えっと、銅貨が1、2、3……」
「俺、小銀貨な」
「私も小銀貨」
「私もー」
一人が銅貨を数え始め、他の三人は小銀貨を出した。そうか、二人で一つのパンを食べるんだ。あ、だから蜜パンの形は分けられるように2つの丸いパンが重なった形をしていたんだね。
小銀貨の子供にはおつりの銅貨を手渡し、銅貨の子供からは9枚の銅貨を貰った。そっか、子供たちのおやつとして人気もあるってことなんだ。
「はい、半分こね」
「どっちがいい?」
子供たちはパンを千切ってもう一人の子供に手渡す。それから店を出ながら甘い蜜パンを頬張り始めた。このパンはおやつとしても人気があるパンなんだね。
その子供たちが去った後も、すぐに違う子供たちがやってきては蜜パンを欲しがった。残り8個だった蜜パンはどんどんと数を減らして、あっという間に店頭から姿を消した。
そして、店頭から姿を消した後も蜜パンを欲しがる子供たちが来る。
「うわー、今日蜜パンないんだってー」
「どうする、違うパンにする?」
「今日買うのやめようぜ」
「明日はもっと早く来ようぜ」
蜜パンが無いと知るとガックリと肩を落として店を後にした。レトムさんがいう通りに蜜パンは人気があるパンだった。昼の時間に買っていった人たちはおやつとして買っていったのかもしれない。庶民の楽しみ、羨ましいっとちょっと思ってしまった。
「リル、丸パンと木の実パンが焼けたぞ」
日が傾き始めた頃、レトムさんが新しいパンを持ってきてくれた。中央の台で鉄板を受け取り、私は棚に並べ始める。そのパンの匂いに釣られてか、お客が姿を見せ始めた。
「ベリーパンは残っているかしら」
「はい、5個残ってますよ」
「なら丸パン4つ、ベリーパン2つちょうだい」
夕方の注文数はちょっと多かった。多分だけど、夕食用と明日の朝食用に買っていくのだろう。私はお金を間違わないように慎重に取り扱いして、丁寧に接客をした。
「チーズパン焼けたぞ」
とうとうチーズパンが来た。形は丸パンと同じだが、とてもいい匂いだった。店の外にも流れていく香ばしいチーズの匂い。それに釣られてか、客足が多くなる。
「チーズパンを3つください」
「はい、お待ちください」
「チーズパン4つ頂戴な」
「はい、分かりました」
チーズパンが出るとお客はこぞってチーズパンを求めた。夕食の量はどれくらい食べるか分からないけど、チーズパンだけでも夕食は間に合いそうだ。それだけチーズパンはずっしりと重たかった。
「最後の丸パンと木の実パンが焼けたぞ。よろしくな」
お客の接客をしていてあっという間に最後のパンが焼けた。私は急いでパンを棚に並べて、鉄板を店の奥へと片づける。
よし、最後の仕事頑張ろう。気合を入れていると、すぐにお客が入ってくる。
「いらっしゃいませ、どのパンを希望しますか?」
◇
あれからお客は入れ替わり立ち代わりに来てパンを買っていった。沢山並んでいたパンが次々となくなっていく中、一番高いチーズパンがすぐになくなってしまう。
チーズパンが無くなってからも、チーズパンを買いたいお客は沢山きた。その度に丁寧に謝り、残ったパンをオススメしていく。みんなガッカリした顔をしたけど、特に騒がれることはなく代わりのパンを買って店を出て行った。
扉の向こう側が夕日に染まる頃、残りのパンも片手で数えるほどまで減ってしまっていた。その頃になると客足もパッタリとなくなり、暇になってイスに座ってボーっとする。
「リル、今日はここまでだな」
背後からレトムさんが現れて終業の言葉を言った。
「残ったパンを板の上に置いてくれ。その後は棚を綺麗に拭いて欲しい。棚を拭くのに、この専用の布巾を使ってくれ。それが終わったら、店の奥にいる俺に話しかけろ」
「分かりました」
私は言われた通りにトングを使って残りのパンを板の上に置いた。それをカウンターの上に置いておくと、用意されていたバケツで布巾を濡らして絞る。手にチリトリを持って、棚に零れ落ちていたパンくずを布巾で集め、チリトリの中に落とす。
全部の棚を拭き、布巾を洗い、チリトリのゴミをゴミ箱に入れる。うん、これで完了した。
「レトムさん、終わりました」
「あぁ、ありがとう」
店の奥に声をかけると、同じく掃除をしていたレトムさんがいた。
「どうだった?」
「忙しかったですけど、大丈夫そうです。落ち着いて接客をすれば、間違うことはなかったです」
「うん。聞いて、見ている限りは大丈夫そうだった。接客も会計も危なげなく出来ていたと思う。これからもよろしくな」
「はい、こちらこそお願いします」
どうやら合格点だったみたい。ほう、頑張って良かった。
するとレトムさんは受付にいき、カウンター裏の棚から持ち帰り用の袋を取り出す。その中に丸パンと木の実パンを入れると、私に差し出してきた。
「クエストの内容にも書いたけど、余ったパンの持ち帰りだ」
「ありがとうございます。クエストで見ていた時から気になっていました」
「そうか、これで明日も頑張ってくれ。暗くなる前に帰るんだぞ」
「はい。今日はありがとうございました」
エプロンを脱いで渡して、私は深々とお辞儀をした。この仕事ができて本当に良かったよ、晩御飯ゲットだね。
店から出ると辺りは真っ赤に染まっていた、暗くなるのも時間の問題だ。私は小走りで通りを進んでいった。
明日からも頑張るぞ!
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