32.パン屋の売り子(3)

 イスに座って休憩して、棚に並んだパンを眺める。朝に残った丸パンと木の実パンの他にベリーパンという新しいパンが並ぶ。丸パンと同じ形で1個160ルタで販売するという。甘酸っぱいいい匂いがしてお腹がなりそうだ。


 あと少しでもう一つのパンが出来上がるみたいだけど、まだかな。ボーっとしながら待っていると、店の奥から甘い匂いが漂ってきた。今度は甘いパンなのかな。


 幸せになる甘い匂いに包まれながら待っていると、店の奥からレトムさんが鉄板を持ってこちらに近づいてきた。


「待たせたな、最後のパンで蜜パンという」


 レトムさんが中央の台に鉄板を置く。鉄板の上を覗き込むと丸パンよりも小さな丸いパンが2つくっついた蜜パンがあった。二つ重なった丸パンにはたっぷりと薄黄色い蜜が塗られている。


「すごい甘い匂いですね。お腹が鳴りそうです」

「結構人気があると思う。一個180ルタで売ってくれ」

「分かりました」


 一番高いパンだ、やっぱり甘味って高いんだね。


「じゃ、俺は早めの昼休憩に入ってくる。2時間くらいたったら、今度はリルが休憩だからな」

「はい、いってらっしゃいませ」


 レトムさんはそう言って店の奥にある扉を開けて階段を昇って行った。きっと二階が住居スペースなんだろうな。


 一人で残された店内、任された責任が少し重く心に圧し掛かる。でも、こんなところでめげてちゃいけないよね。レトムさんが安心して休憩できるように、私が頑張らないといけないんだ。


 早速蜜パンを丁寧に並べると、お客さんを待った。しばらくイスに座って待っていると、開けっ放しの扉の向こうからこちらに近づく足音が聞こえてくる。私はスッと立ち上がってお客を迎える準備をした。


 すると、扉の向こうから片手に籠を持った女性が現れる。


「あら?」


 こちらを見て不思議そうな顔をしてこちらをジロジロと見た。


「いらっしゃいませ。今日から働くことになりました、リルといいます。よろしくお願いします」

「あー、そうなのね。よろしくね」

「どのパンがご希望ですか?」


 挨拶もそこそこにして、手に板とトングを持って注文を聞く。


「木の実とベリーと蜜を一つずつ頂戴」

「分かりました。少々お待ちください」


 注文を聞くと棚からパンを取っていき、板の上に並べる。全部取り終えるとカウンターの上にのせて確認してもらう。


「全部で480ルタです」

「じゃ、これで」


 女性から小銀貨5枚を受け取った。箱の中に入れて中から銅貨を2枚取り出して、女性に手渡す。


「20ルタのお返しです。ありがとうございました」

「……小さいから大丈夫かしらって思っちゃったんだけど、杞憂だったわ。ごめんなさいね、ジロジロ見ちゃって」

「いえ、大丈夫です。籠を貸してもらってもいいですか?」

「はいはい」


 そうだよね、子供がカウンターにいたらそうなっちゃうよね。仕方がないけど、悔しいな。だから、そんな不安を感じさせないためにしっかりと仕事をしないとね。


 女性から籠を受け取ると、トングで一つずつパンを移動させていく。うん、綺麗に移動できたと思う。それから籠を両手で持って女性に差し出す。


「どうぞ、お持ちください」

「ふふ、ご丁寧にありがとう」

「ありがとうございました」


 女性が籠を受け取って店を出て行くと、私は深々とお辞儀をしつつ言葉をかけた。ふぅ、午前中とは違う緊張感があったな。昼からは早い対応よりもしっかりと丁寧な対応に切り替えた方がいいかも。


 そんなことを考えていると、またお客がやってきた。そのお客も私の姿を見ると不思議そうな顔をしたので、同じような挨拶をして早速注文を聞く。


「今日は丸パン残ってる?」

「はい、4つ残ってます」

「なら丸パン4つと木の実パン6つ頂戴」


 大量買いのお客だ。その女性からは食べ物の匂いがしたので、もしかしたらどこかの食堂で働いている人かもしれない。丁寧に板の上にパンを並べて、板をカウンターの上にのせて確認してもらう。


「全部で1240ルタです」

「あら、計算早いのね助かるわ、小さいのに偉いわね。はい、お金は丁度渡すわ」


 お金を受け取ると銀貨1枚、小銀貨2枚、銅貨4枚があった、丁度だ助かるなぁ。


「はい、丁度お預かりします。籠を貸してもらってもいいですか?」

「えぇ、はい」


 大き目の籠を受け取ると、その中にパンを詰めていく。沢山あるから置き方が難しい。


「お待たせしました」

「またよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ありがとうございました」


 丁寧なやり取りをして、綺麗にお辞儀をする。きっとこの人はお得意様だろうから、気をつけて対応してみた。まぁ、来る人みんなお得意様なのだろうから、気を付けないとね。


「こんにちはー」


 休む暇もなくお客がどんどんくる。一人ずつ丁寧にやり取りして失礼の無いようにする。朝のような忙しさはないが、昼は違った意味で大変だった。


 お客が重なってくることもあって、その時の対応が大変だったかな。しっかりと声掛けをして待ってもらい、先に対応する人も遅くなく早すぎることもなく接客をする。


 お客はみんな始めは不安そうな視線を向けてくるが、しっかりと声を出して対応しているとその不安も最後にはなくなってくれる。こういった小さな積み重ねが私の立場を確固たるものにしてくれるだろう。


 何事も始めが肝心だから、気を抜くことなく接客をしていった。時間が経つのを感じる暇もないまま、パンを売っていく。そして、客足が遠のいた時店の奥から扉が開く音がした。レトムさんだ。


 レトムさんは奥の部屋の隅にある小さなテーブルに何かを置いてから、こっちに近づいてくる。


「待たせたな。あそこのテーブルに昼食を持ってきたから適当に休んでいてくれ」

「ありがとうございます」

「時間は一時間だな。あそこに時計があるから長い針が一周してきたら、休みは終わりだ。その間は俺が受付をやってる」

「分かりました」


 ようやく休憩できる。ホッと一安心すると体に疲れがドッと押し寄せてきた。レトムさんと受付を代わり、部屋の隅にあるテーブルに向かってイスに座る。


 テーブルの上にあったおぼんにはパン、白いスープ、ソーセージ3本がのせてあった。とても美味しそうだ。


 まず、初めての白いスープを飲むと旨味とコクが合わさったような複雑で美味しい味がした。この白いのって牛乳なのかな、とっても美味しく感じられた。


 次にソーセージを食べる。プリプリに茹でられていて、白い湯気が立っていた。ふーふー、と息を吹きかけて少し冷ますと、歯で噛みちぎる。パリッと音がしてジュワッと肉汁が零れだした、美味しい! ほっぺたが落ちそうだ。


 最後にパン。手で裂こうとすると、ちょっと固く感じる。二つに裂いて、また小さく裂くと中から木の実が出てきた、木の実パンだ。一口大に千切って口の中に放り込む。噛めば小麦粉の甘みと木の実の香ばしさが合わさって、絶妙な味加減だった。


「んふふ、美味しい」


 思わず笑みが零れる。うん、手作り感が満載で人の温もりを感じることのできる料理はとても美味しい。少しの休憩時間で一杯の幸せを感じることができる。午前の疲れも、食事をする度に抜けていくようだった。

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