31.パン屋の売り子(2)

 朝のパン売りは本当に戦争になった。


「こっちにパン4つくださーい」

「私にはパン2つ」

「ぼ、僕は……」


 次々にやってくる子供たち。始めは私の姿を見て驚くが、すぐに注文を口にした。何人もの子供が同時にパンの数を言うから、誰が何個必要なのか覚えるのが大変だ。


「えーっと、4つに……2つに……君は?」

「えと、あの……3つ」

「はい、3つね」

「すいませーん、パンを……あれ初めての人がいる」

「おはよう、パン3つくれー」


 対応している間に次の子供たちがやってきた。私は急いでパンを皿や籠にのせて、会計を間違いのないように済ませて、次に対応する。


「今日から働くことになったリルです。よろしくお願いします。パンはいくつですか?」

「よろしくー。パンは4つ」

「ぼくは3つね」

「はい、4つで400ルタ。3つで300ルタですね」


 急いでパンをのせて、片手でお金を受け取って数える。お金を木箱の中にいれ、またお金を受け取って数える。


「ありがとうございました」

「リル、新しいパンが焼けたぞ。籠の中に入れておくな」

「はい、分かりました」

「おはよう、パン3つちょうだーい」


 休むことなく色んな声がかかってくる。パンはレトムさんに任せて、私はお客の対応をする。


「3つで300ルタです」

「あれ、初めてみる人だ」

「はい、今日から働くことになりましたリルです。よろしくお願いします」

「よろしくー」

「おっちゃーん」

「パン3つちょうだーい」

「あ、俺が先なのにー!」


 とにかく、どんどんくる。順番とか関係なく声をかけてくるから、把握するのが難しい。しっかりとさばくためには、こっちが負けないように積極的に声をかけていくしかない。


「君はパンいくつですか?」

「俺は4つ。あれ、初めて見る人だ」

「今日から働くことになりました、リルです。よろしくお願いします」

「はやくー、パン3つー」

「すいません。えっと、パンが……3つっと。300ルタです。4つの人は400ルタです」

「ほいっと。じゃーねー」

「んと、丁度ですーありがとうございましたー」


 少年はポイっと小銀貨を投げ渡すと、さっさと行ってしまった。慌てて硬貨の枚数を確認すると間違いはない。お金から顔を上げた時にはその少年はいなかった、色んな人がいるんだなぁ。


 その後もどんどんやって来ては、慌ただしく店を出て行く子供たち。パンはなくなるギリギリ直前で店頭に出されているけど、いつなくなるのかヒヤヒヤだった。


 最後のパンが焼き上がった時には一気に5人来た。注文が聞き取れなくて聞き返してしまったほどに騒々しかったが、それも一瞬で引いてしまう。そこからは少しずつ余裕がある間隔でお客が見えたりした。


 そして、残りのパンが4つになるとピタリと客足は途絶えてしまう。先ほどまでの騒々しさが嘘のようだ。そこに奥からのっそりとレトムさんが現れた。


「どれ、落ち着いたか。パンはいくつ余った?」

「4つです」

「なら、4つを壁際の棚に移して並べてくれ」


 言われた通りに棚の端からパンを並べて置いておく。レトムさんは籠を奥の部屋に入れて片づけをする。ふぅ、ようやく一息が着けるみたい。


「どうだ、大変だっただろ」

「そうですね。お子さんたちが元気だから、負けないようにこっちも声を大きくしました」

「うん、聞いた感じだと大丈夫そうだ。水差しをカウンター奥に置いておくから好きな時に飲んでくれ」

「ありがとうございます。喉がカラカラでした」


 水差しとコップを手渡されると、私はすぐにコップに水を注いで飲み干した。あー、生き返るー。


「カウンターの奥にイスを置いておくから、何もない時はここに座って休んでいてくれ」

「はい、分かりました。今はやることありますか?」

「中央の台を綺麗に拭いておいてくれ。あとは床の掃除、玄関先の掃除もだ」


 レトムさんは奥に引っ込むとバケツと雑巾、ホウキとチリトリを持ってきてくれた。よし、もう少し頑張ってからお休みさせてもらおう。


「俺は昼のパンの準備を進めておく。昼のパンについては焼き上がったら説明をするから、待っていてくれ」

「分かりました」


 そこでレトムさんはお店の奥に引っ込んだ。さて、残された私は店の中の仕事をしよう。


 まず、乾いた状態の雑巾で中央の台に散らばったパンくずを集める。集めたら台の端にチリトリをくっつけて、そこにパンくずを落として入れる。


 次に雑巾をバケツの水で湿らせて絞る。それから中央の台を端から端まで綺麗に拭いていく。ついでにカウンターも拭いておいた。


 そしたら今度はホウキでお店の掃除だ。埃をあまり立たせないように、端からゆっくりと掃いていく。お客は来ないのでスムーズに店内を掃き終えることができた。最後にチリトリでゴミを回収すれば、店内の掃除は終わり。


 最後は玄関先の掃除。ここも埃をたたせないようにゆっくりと丁寧に掃いていく。それほどゴミはないのですぐに終わってしまった。


 ふと、周りを見てみると通りに人が大勢歩いていた。中には馬車も動いていて、町独特の活気を前にしてちょっとだけ浮かれてしまう。


 言われた仕事も終わったし、少し休憩しようかな。そう思って店内に戻っていくと、丁度レトムさんが鉄板を持って奥から出てきた。


「昼のパンが一つ焼き上がったところだ。これを棚に並べておいてくれ」

「はい。わぁ、すごく香ばしい匂いですね。何が入っているんですか?」

「これには固い木の実が入っているんだ。木の実パンっていったところだ」


 レトムさんは鉄板を中央の台にのせ、私はそのパンを覗き込んだ。パンの形は丸い形をしていて、朝の丸パンと変わらない大きさだ。でも表面を見てみれば、小さくなった固い木の実が散りばめられているのが見える。


「木の実パンは140ルタで売ってくれ」

「分かりました。並べ方にやり方とかありますか?」

「それはリルに任せる。空いている棚に簡単に並べるだけでいい。じゃ、次のパンを焼いてくる」


 お仕事の話をすると、すぐにお店の奥に移動した。あと何種類焼くんだろうな、うーん楽しみだ。


 トングを手にすると、落とさないように木の実パンを掴んで棚に並べていく。朝はあの調子だったから並べなくても済んだけど、昼は違うみたい。あ、お客がパンを取ってくるのかな、私が取ってあげるのかなどっちだろう。


 気になったので聞いてみることにする。店の奥に足を踏み込むと、レトムさんがパンを成形しているところだった。


「すいません、聞きたいことがあるんですが」

「なんだ」

「昼のお客さんのパンって私が取ってあげるほうがいいんですか?」

「ああ、そうだ。カウンターに希望するパンを言ってくるはずだから、そのパンを板にのせてお客の前に出すんだ」


 なるほど、口頭で買いたいパンを言ってきて、それを私が取ってあげるんだね。


「そうそう、冒険者も時々パンを買いに来るんだった。あいつら、パンを入れる物を持ってこないことが多いから、一緒に袋を販売している。袋は一つ200ルタだ。カウンター裏の引き出しに入っているから」


 へー、冒険者もくるんだ。住民だと皿とか籠とか持ってくるからいいけど、冒険者はそういうの持ってないものね。だんだん店の事が分かってきたのがちょっと嬉しい。まだまだ覚えないといけないことがあるから、しっかりと復習しておかなきゃ。


 店の奥から店内に戻ると、パンを並べ始めた。昼のお仕事まであともうちょっとだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る