19.初仕事はゴミ回収(2)

 路地に一歩踏み出して、台車を押して進んでいく。台車の横には鐘がついており、鐘から伸びる縄を握ると振る。


 ガラ~ン、ガラ~ン


 路地に鐘の音が響いた。ゆっくりと少しずつ進んでは、鐘を鳴らしていく。こんな感じでいいのかな……声とか出さなくてもいいのかな。初めての仕事だからあれこれと余計なことまで考えてしまう。


 まだ始めたばかりだから、人は出てこないな。音を聞いてから動き出すから、タイムラグはあるのだろう。何度も鐘を鳴らしては少しずつ進んでいく。


 その時、後ろからドアを開ける音がした。


「ちょっと待って」


 声をかけられて、足が止まる。振り向くと30代の女性が壺を持って現れた。駆け足で近寄ってきた時、私は箱の蓋を取ってあげる。


「ゴミはこちらでお願いします」

「はいはい、ってあら? 初めて見る子ね」

「あっ、今日から冒険者登録しました。リルと言います。これからもゴミ回収のクエストを受けようと思っています、よろしくお願いします」

「ふふ、丁寧な自己紹介ありがとう」


 うっ、ちょっと丁寧すぎたのかな。ニコッと笑っているのだが、口元が震えてくる。


 女性は壺を逆さにしてゴミを箱の中に入れていく。ゴミは生ごみから良く分からないクズゴミなど色々入っている。その時、前からドアが開く音がした。


「あー、いたいた」


 今度は50代の女性が箱を抱えてやって来た。こちらの方は普通の歩く速度で近づいてきて、歩いている途中で私の存在に気づく。


「あれま、新しい子かい」

「はい、今日から冒険者登録しました、リルと言います。これからよろしくお願いします」


 笑顔を崩さずに言えた。すると、そのおばさんは私を上から下までジーっと見てくる。うっ、これは。


「孤児院、の子じゃないね。あっ、もしかして難民の子かい?」

「はい、町の外から来ました」


 この瞬間が緊張する。しばらく突っ立っているとおばさんは感心したように唸った。


「難民の子はみんな働きもんだね、羨ましいよ。私の娘も小さい時から働かせれば良かったよ」

「娘さん結婚して旦那さんの稼業手伝っているんじゃなかったでしたっけ」

「それがねぇ、忙しいって泣き言しか言わないのなんのって。小さい時から鍛えていれば、こっちに泣きつくこともなかったかもしれないって思ったらさぁ」

「えぇ~、そうだったんですね」


 おばさんは箱の中にゴミを入れながら話し始めてしまった。顏は女性に向いているが、手はしっかりと箱の中のゴミを落とそうと上下に揺れている。


 その箱の中身が全部なくなると、そのまま箱を小脇に抱えてそのまま話を継続してしまった。えっと、これは先に行ってもいいのかな。


「えっと、ありがとうございましたー。それではお先に失礼します」

「あらやだ、ごめんなさいね」

「仕事頑張ってね」


 良かった、話に夢中なだけだったんだ。ダメだな、色々と意識しちゃうから変な行動を取っちゃいそうで怖いな。


 箱の蓋を一度閉めて、鐘を鳴らしながらゆっくりと歩いていく。後ろでは女性たちの楽しそうな話す声が聞こえている。


 ガラ~ン、ガラ~ン


 その時、乱暴に扉が開く音がした。


「ったく、なんで俺が捨てに行かなきゃいけないんだよ。別に今日じゃなくてもいいじゃねぇかよ」


 40代の男の人が愚痴を言いながらこちらに近づいて来ていた。私はとっさに蓋を開けておく。


「ど、どうぞ」

「おう、わりぃな。ったく、ゴロゴロ寝やがって。こちとら、これから仕事なんだぞ。こんな子供も働いているってーのによ。なぁ、そうだろ?」

「は、は、はい」


 壺からゴミを乱暴に出しながらも愚痴を続ける男性。急に話しかけてきたから言葉に詰まっちゃった。


「っし、終わりだ。お互い仕事頑張ろうぜ」

「は、はい。ありがとうございました」

「おう」


 男性は気さくな感じで手を上げて、家の中に戻っていった。すると、扉の向こうからまた男性の怒鳴り声みたいなものが響いてびっくりした。あの家は大丈夫なんだろうか。


 しばらく、呆然と立っている。あ、仕事しなくちゃ。鐘を鳴らして、ゆっくりと進んでいく。


 ガラ~ン、ガラ~ン


 カルーの言った言葉が頭の中で聞こえてきた。気さくな人ばかり、そう言っていたけど本当にその通りだ。変に身構えなくても良かったんだなぁ。私の心は少しだけ軽くなった。


 よし、今度はしっかり笑顔で対応してお仕事頑張ろう。


 ◇


 路地の奥まで進むと箱の中身が重くなった。両手で力一杯に押してUターンをして、元の場所に戻っていく。戻る時は鐘を鳴らさなくても大丈夫だから、台車を押すことに専念できた。


 ガタゴトと台車が揺れると、ちょっと押すのが大変になる。箱を倒さないようにしないとね。


 しばらく、懸命に台車を押して行くとようやく路地から抜けることができた。


「リルー」

「あ、カルー。早かったんですね」

「いや、普通だったよ。リルのほうが遅かったんだよ。だって、色んな人に話しかけられたでしょ。新しい人は珍しいからね」

「そうだったんですか」


 確かにいろんな人に話しかけられて歩みは遅かったのかもしれない。でも、お陰で分かったことがある。この町は難民を受け入れてくれているということ。だから他の難民たちは嫌な顔一つしないで働きに出ていけるんだね。


「ほら、ゴミを捨てに町の外までいくよ。あと3回は回収しにこないといけないからね。早く仕事が終われば、その分早く帰れるからお得だよ」

「はい、お願いします」


 カルーが先に台車を押して歩くと、私もその後を追った。


 町の外まで続く門に辿り着くと、門番に冒険者証を見せて出て行く。初めてやってきた門に初めて冒険者証を使った、なんだか嬉しい。


「ここからもうちょっと歩くからね」


 カルーの後についていく。木々をすり抜けた場所を進むと、いきなり視界が開ける。かなり広く木々が伐採された場所には大きな穴が開いていた。穴の大きさは10m以上もある。


「この穴がゴミを捨てる場所。ここにゴミを溜めて、火魔法で焼却するんだよ。箱は重たいから、二人で協力して運ぼうか」

「はい」


 まずはカルーの箱を二人で持って穴の近くまでやってくる。それからゆっくりと箱を傾けてゴミを穴の中に入れていった。最後のほうには箱を揺すって残りのゴミを落としていく。


 それが終わると今度は私の箱の番だ。同じようにゴミを捨てて、台車に戻していく。


「あ、そうそう。4区画分のゴミの焼却が終わると、今度は穴の掃除っていうクエストが出るようになるのよ」

「穴の掃除?」

「焼却せずに残ってしまったガラスや鉄を回収するクエストでね、それらを町で再利用するんだって。それを集めて職人に売って、売ったお金はゴミ回収の報奨金に回されるんだって」


 この町はリサイクルをやっているんだ。すごいなぁ、領主さまの発案なんだろうか。そうだよね、そのまま捨てるのは勿体ないから何かしらに再利用したほうがいいよね。


 つくづくこの町の難民で良かったと思う。他の町ではどんな扱いなのか分からないからなんとも言えないけど、今までの待遇に文句は出てこない。それどころか称賛したいくらいだよ。領主さま、気になるなー。


「もし、余裕があったら受けてみなよ。早い者勝ちのクエストだから、いつもないんだけどね。ちなみにね、焼け残った硬貨なんていうのもあるんだよ」

「えっ、そうなの」

「見つけた場合は見つけた人の所有物にしてもいいっていう話だから、遠慮なく持っていくんだよ」

「そっか……クエスト受けられるといいなぁ」

「こればっかりはねー、運だよね」


 うーん、気になるクエストだな。運か、運が必要なのかー。


「さ、次の回収に行こう」

「はい」


 仕事が早く終わったら、残りの時間は何をしようかな。

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