7.カニを食べる

 焚火ができた。パチパチと音を立てて木が燃えて、手をかざすととても温かい。火を見るとホッとするよね、なんでかな。


 しばらく火がついた感動を味わう。前世の記憶を思い出してから色々と行動してきたが、思いのほか上手くいっているような気がする。なんで今まで行動しなかったのか、早く行動していれば今の状況は違う感じになっていたのではと思ってしまう。


「はぁ、ちょっと落ち込んじゃうよね」


 今まで何もしてこなかったことが本当に悔しい。少しだけ落ち込んでみる。


「ダメダメこんなんじゃ。よし、落ち込むのは後にしてカニとキノコを食べよう」


 うん、きっとこれからだよ。頬をパンッと叩いて弱い気持ちを吹き飛ばす。


 傍に置いておいた細い枝を手に取ると、籠の中からカニを取り出して手に取ったカニを枝に刺す。次々と刺していき6匹になると、今度は違う枝にカニを刺していく。残りの枝で5匹ずつ刺すと、キノコも別の枝に刺しておく。


 そうして出来た枝を地面に刺して、遠赤外線でじっくりと炙っていく。素早く足を動かしていたカニが次第に動かなくなると、香ばしい匂いが立ち込めてくる。全体に満遍なく火が通るようにひっくり返して更に炙っていく。


 カニの口から美味しそうな汁がジュワッとでてきて、それが焚火に落ちると蒸発して匂いになった。くんくんと匂いを嗅ぐと美味しそうな匂いを感じて、お腹がグーッと鳴ってしまった。


 茶色だったカニが次第に鮮やかな赤に変わっていく。焦げないように枝を調節しながらじっくり炙り続ける。カニの横ではキノコも焼けはじめていて、ジワッと汁が出始めてきた。


 まだかな、もういいかな、食べたいな。そわそわしながら待つ。ジッとカニを観察していると、足先が少し焦げ始めた。


「もういいよね」


 枝を素早く焚火から離して地面に差した。キノコもいい塩梅に焼けたので焚火から遠ざける。焼けたカニとキノコを見ると美味しそうな煙が出ていて、とてもじゃないが我慢できない。


「まずはカニから……あちちっ」


 枝から外そうとカニに手をかければまだ熱かった。それでも食欲には勝てず熱いのを我慢して枝から外すことができた。


「ふー、ふー」


 手のひらで転がしながら息を吹きかける。すると、手の中のカニの熱がどんどん下がっていくのが分かった。おそるおそる、親指と人差し指で摘まんでみる……掴めるくらいの温かさだ。


「いただきまーす」


 口を大きく開けて、中にカニを放り込む。歯を合わせるように噛むと、バリバリと気持ちのいい音をだしてカニは崩れた。途端にカニの風味が口一杯に広がる。


「んーーーっ、おいひぃっ」


 香ばしくて歯ごたえがあって、はっきりいって美味だった。身は少ないが、外殻の香ばしさがとても病みつきになる。すぐさま二匹目に手をかけた。再び手のひらの上で転がしながら息を吹きかけ、まだ熱が冷めないうちに口に放り込む。


「んっ、んーーっ」


 口の中で噛むと香ばしいカニの風味がふわっと広がり、堪らずに足をバタバタさせてしまう。じっくり味わおうとも外殻は少しの力で簡単に崩れてしまい、すぐに呑み込んでしまった。


 夢中でカニを冷ましては口に放り込み、バリバリと噛んで呑み込んでいく。一本、二本、三本と手をつけてあっという間に食べ切ってしまった。


「あーー、美味しかった」


 口の中に残ったカニの風味で余韻に浸る。ボーっとしていると視界の端で残りのキノコが目に入った。しまった、すっかり忘れていた。


「こっちはどうかな」


 すぐに枝を手にしてキノコを外す。すでに持てないほどの熱はなく、ほのかに温かさが残っている。遠慮なく手でキノコを裂いて口の中に放り込む。噛み締めるとジワッとキノコ汁が滲み出て風味が口に広がる。


「んー、キノコもジューシーで美味しいなぁ」


 少しコリコリしていて、カニとは違う歯ごたえを楽しむ。ここに塩とか醤油とかあったらどれだけ良かったか。この世界のどこかに醤油とかあるのかな。


「んー、世界かぁ。今は自分のことで精一杯だけど、私はどうしたいんだろう」


 キノコをもぐもぐしつつ考えてみる。今は自分の境遇を良くすることしか頭にないが、もし良くなったら自分は何をしたいんだろうか。


「大きな目標は難民集落を出ることかな。確か朝の配給を貰っている人たちは町に行って働いているってことだから、その人たちに聞けば脱出の手がかりとか聞けたりするのかな」


 町に行って働いてお金を稼いでいるらしい。ポツポツと人が減っていっているのはどちらかというと朝の配給を受け取っていた人たちだ。ということは、いずれ町に働きに出ていけばおのずと難民集落から出られるんじゃないか?


 でも、今の状態で話を聞こうとしても正直に話してくれるかは疑問だ。信用がないから今聞いても答えてくれないかもしれない。だったら、このまま信用を得る行動をしていたほうがいいだろう。


「うん。手伝いを続けて信用される人になろう」


 大きな目標ができてやる気が漲ってきた。両手で拳をつくりやる気を高めていく。


「そのためにも魚を一杯とってきて、みんなに食べてもらおう」


 私は立ち上がって川へと向かっていった。あと、一つ罠を完成させないとね。


 ◇


「できたー!」


 一時間かけてもう一つの囲い罠が完成した。二つ並んでいる囲い罠を見て充足感で一杯になる。いやー、簡単な罠だけど作るの結構疲れたよ。


 後はミミズをばらまいて魚が流れてくるのを待つだけなのだが、ここは一つ策を実行しようと思う。


 長い枝を持って罠の上流に入る。そこから枝を川の表面に向けて何度も振り下ろす。それが終わったら少し歩いて、また叩く。こうやって上流にいる魚を下流に追いたてているのだ。


 大きく音を立ててゆっくりと前へ進んでいく、また大きな音を立ててゆっくりと前へ進んでいく。川の中にいる魚影が逃げていくのが見えて、上手くいっているようで嬉しくなる。


 どんどん前へ進んでいくと、ようやく囲い罠の前まで辿り着いた。


「ふー、捕まえられたかな」


 この瞬間がドキドキする。おそるおそる囲い罠を見てみると、いた! それぞれ2匹ずつ入っているのが見えた!


「やったー、捕まえられた!」


 嬉しい! 本当に嬉しくてその場で飛び跳ねてしまった。転生して精神年齢が20才を越えていても、体の年齢に精神が引っ張られるのか子供のようにはしゃいでしまう。ちょっと照れ臭くなる。


 気を取り直して罠の中を観察すると、魚はスイスイ泳いでいるがどの魚もかえしから出ようとしていない。ちょっと不安だったから安心した。でも魚かー、いいなー、魚。


「……1匹食べてもいいよね」


 頑張った自分へのご褒美もあってもいいよね。まだ焚火は残っているし、焼いて食べちゃってもいいよね。いや、食べちゃいます!

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