8.魚を食べる

 さて、魚を食べるにはまず魚を捕まえないといけない。罠に入っていても魚は早く泳いで逃げてしまうので捕まえにくい。そんな中でどうやって捕まえればいいのか、私は考えた。


 石をぶつけてみるのはどうだろう。一個ではなく沢山の石を放り投げて、魚に当てて気絶させる作戦だ。これで上手くいかなかった時は、そうだ籠の中に追い込んで捕まえるのはいい案じゃないかな。


 うん、いける気がする。早速周囲から適当な石を沢山拾い集めた。両腕で抱えるほどの量はとても重くてフラフラしてしまう。おぼつかない足取りで囲い罠へと近づいていく。


 傍までくると、魚の動きを観察する。こっちに来た時に放り投げる、こっちにこい。黙って待っていると魚がすぐ傍まで泳いできて、ピタリと止まった。今だ!


「それ!」


 両腕を持ち上げて石を囲い罠の中でばら撒く。石が勢い良く落ちて、バシャバシャと水しぶきを上げた。水面に沢山の波紋が広がっていくと、プカリと1匹の魚が浮いてくる。


「あっ、できた」


 慌てて近寄ってその魚を掴んでみる。魚はピクリとも動かずに手に収まる。大きさは20cmを超えていて、体はプックリと膨れている。食べ応えがありそうだ。


 手の中の魚を見下ろすと、嬉しくて自然と笑ってしまう。魚を食べられる喜びでスキップしながら、焚火の近くまで歩いていく。


「さて、焼きますか」


 手頃な枝を拾うと魚の口から枝を差していく。力を入れてグッと差し込み魚体を固定する。枝の先が外に出るとこれで準備完了だ。


 その場に座ると枝を地面に差して、少し離れたところで魚を焼いていく。膝を抱えてジーッと魚を見つめる。すごく楽しみで訳もなく見つめてしまうのは仕方ないよね。


 美味しくいただきたいので焦げることがないように、ひたすら魚を見つめる。いい感じに表面が焼けてきたら、枝を回して魚の向きを反対にした。まだ時間がかかりそうだ。


 どうせ時間はかかるんだから、少しでも魚を増やしておこう。私は立ち上がり再びズボンをたくし上げて川に向かった。長い枝を持って罠の上流に入って行くと、枝を川の表面に向かって叩き出す。


 叩いては前に進み、叩いては前に進み、魚を追い込んでいく。罠の前までつくと再び上流に向かう。そうしてもう一度はじめから魚を追い込んでいった。


「どれどれ、どれだけ集まったかな」


 罠の前まで辿り着くと成果が気になった。罠を覗き込むと魚影が増えたように見えて嬉しくなる。えーっと数は……全部で6匹になっていた。明日には10匹くらい溜まりそうでもっと嬉しくなる。


「明日には魚入りのスープか……楽しみ」


 考えただけで涎が出てきた。あ、そろそろ魚が焼けたかな。


 私は岸に上がり枝を置いておく。それから魚の餌となるミミズを罠の中にばら撒き、急いで焚火の近くまでやって来た。


 魚を確認すると丁度良く焼き上がったところで、辺りにいい匂いが立ち込めている。はっ、穴ネズミに見つからなくて本当に良かった。すっかり忘れてたけど、大丈夫だったみたい。もしかしたら火が怖くて近づけなかった、とか?


 まぁ、それは置いておいて。念願の焼き魚を前にしてお腹が鳴った。さっきカニとキノコを食べたばかりだっていうのに、お腹は現金な奴だ。


 その場に座ると魚がついた枝をとる。目の前まで持ってくると、魚の香ばしい匂いが強く感じて口の中が涎まみれになってしまった。


「えへへ、いただきます」


 ふーふー、と息を吹きかけて入念に冷ます。そして、魚の背から思い切りかぶりつく。身はフワッと崩れ中からホクホクとした湯気が立ち昇った。


「んっ、んっ、んうまーい!」


 ほっぺたが落ちるほど美味しい! 淡泊ながらもほどよく油がのっていて、噛めば身のほのかな甘さを感じられる。身はホロホロと崩れて、口の中で溶けて消えていくような感じだ。


 ごくん、と呑み込むとすぐにまたかぶりつく。かぶりついて、もぐもぐして、ごっくんする。とても幸せな行為だ、罪深い。


 頭からしっぽまで丁寧に食べた、食べられる身がほとんどないと言っていいほど綺麗に食べ尽くした。目の前には体が綺麗に骨になった魚がある、うんとても満足。


 一日一回昼に食べるだけの配給のスープと芋。いつもは夜お腹をすかせていたが今日は膨れたお腹で寝ることになるだろう。久々に味わう至福の時についつい頬が緩んでしまう。


 早くお腹いっぱい食べられて、夜にお腹がすかない日がくればいいな。


 ◇


 翌日の朝、私は川に行った。目的はもちろん、魚だ。絶対に今日のお昼の配給に入れてもらうんだから。昨日の内に魚を入れる籠を新調した、大きさはいつも使っている籠の三倍もある。これで大量の魚を持ち運べるね。


 罠の中を見てみると……いたいた、沢山入ってた! これは10匹以上入っているみたいだ。嬉しくなって飛び跳ねた。


 早速石をばら撒いて魚を気絶させる。プカプカと浮かんできたところを捕獲して新しい籠に入れていく。でも、こんなに捕れるなんて驚きだよ。きっと他に捕る人もいないから魚が沢山いたんだね。


 捕まえた魚を数えてみると、合計12匹。大漁だよ! 追い込みしなくても魚が入ることが実証されて、今度から手放しで魚が取れそうだね。


 私は集落まで急いで歩いた。


 30分かけて集落まで戻ると、広場では女衆が集まり始めている。そろそろ昼の配給を作るようだ、間に合った!


「あのー、すいません」

「ん、どうしたんだい? 今日はお手伝いの日じゃないと思うんだけど」

「これ、今日のお昼に使って下さい」

「ん、どれどれ……って魚じゃないかい! どうしたんだいこんなに」


 魚の入った籠を差し出すと女衆が集まって、みんなが驚いた顔をした。ふっふっふっ、そうだろうそうだろう。滅多にお目にかかれない食材を前に驚かない人なんていない。


「私が罠を作って捕まえました」

「はーー、罠をねぇ。遠慮なく使わせて貰うよ」

「最近のリルは見違えたようだね、見直したよ」

「また沢山取れたら持ってきておくれよ」


 いつもは嫌厭していた女性たちも喜んで褒めてくれた。みんなが笑顔になって喜んでくれるのは、本当に嬉しいね。魚の作戦、大成功!


 私はそのまま女衆のお手伝いを始めた。お手伝いできる時にしたほうがいいしね。いつも通り、まずは芋を茹でて。その間に野菜を切り、スープの下準備をした。魚をさばくのは自分ではできないので他の女性がテキパキとやってくれた。


 芋が煮えると、次はスープづくりだ。沸騰した水に野菜を入れてひと煮立ちすると、小さく切った魚を入れる。次に味つけの塩を入れて煮立たせると完成だ。


 そして、スープの匂いに釣られて難民たちが集まってきた。誰もがいつもとは違う匂いを感じていて、興味津々な顔をして鍋を覗き込む。


「今日はねリルが魚を捕って来てくれたんだ。久しぶりの魚の味をみんなで堪能しようじゃないか」


 そう言った女性は持ってきた椀にスープを入れて、それを私に渡してきた。


「今日はありがとね。先におあがり」


 スープを見ると一切れの魚が入っていた。今日のスープがいつもより美味しいのは魚が入っている、だけじゃないような気がする。

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