2.難民集落

 家から出た私は配給を受けられる広場まで歩いていた。周りを見てみると配給の匂いに釣られた難民たちがフラフラとした足取りで歩いているのが見える。どの人も私と変わらないボロボロの服装。私と違うところと言ったら顏に生気があるかないかの違いだろう。


 でも、よくよく見たら違いに気づく。まだここに移り住んで日が浅い人の顔は絶望に染まっていて、移り住んで月日が経った人は無気力な顔つきをしていた。昼の配給は無為に過ごす人ばかりだ。


 逆の人もいる。なんとかこの状況を脱しようと努力している人たちもいる。その人たちは朝の配給を食べると、一番近くにある町まで行って日雇いの仕事をして日銭を稼いでいるらしい。お金は集落内では必要ないけど、いずれここを出て行くためには必要だ。


 だからこの集落は入ってくる人ばかりではなく、出て行く人もいる。私はどっちがいいのだろう。出て行くならお金を稼ぐ手段も見つけなくてはいけない。必要なものも沢山あるだろうし、簡単には動き出せない。


 何ができるのか分からないけど、しっかり考えて一歩ずつ進んでいこう。そのための土台つくりとして生活向上を目指して行動するのがいいよね。


 そんなことを考えていると私は広場まで辿り着く。そこでは大鍋を取り囲んで数名の女衆が食事の配給をしていた。難民は椀を持って二列に並び大人しく待っている。私も大人しくその列の最後尾に並んだ。


 この集落は森に囲まれていて、30分程歩いた先には川も流れている。住んでいる数はおよそ四百人程度、子供からお年寄りまで様々だ。難民とはいえパーソナルスペースは欲しいので、皆が掘っ立て小屋を建ててその中で雨風を凌いでいた。


 森には食べられる木の実などの植物があり、動物も様々いる。領主さまから配給があるとはいえ、満足な量は貰えないので難民たちは協力して森や川で食料を調達している。


 それもそうだ、満足な量を与えてしまえば今の状況に甘んじてしまい動かなくなるのが人間だ。生かさず殺さず、難民の数をいい面でも悪い面でも減らしていこうとする、これが現状での難民の扱いだった。


 難民の数を調整するためか、時々役人が見に来る。町には入れないけど、難民の労働力を捨て置くことはできないらしい。領主さま主導で移住先の斡旋をしてくださっているらしい。普通なら我先にと食いつく話なのだろうが、残っている難民の数をみればその話に旨味がないのが見て取れるだろう。


 斡旋先が町であったら良かったのだが、どれも農村だった。一から畑を作らなくてはいけないらしくとても手間がかかる。ノウハウがない中でよそ者に手を貸してくれる村人が果たしているだろうか。なので斡旋を受ける人は農村出身者か集落に嫌気が差した人くらいしかいなかった。


 私でも多分受けないと思う。開墾してからの畑を耕す、この工程ですでにアウトだ。どれだけの労働力がいるのか分からないし、例えできたとしても作物を育てる知識も経験もない人が簡単に畑などできないだろう。


 こうして考えてみると、何らかの手に職を持ち町で暮らした方がいいと思った。その職をどうするかが問題だけど――


「次」


 あ、私の番が来た。そそくさと椀を女性に渡すと、代わりに小さな芋を渡される。


「リル」


 はい、私の名前です。


「なんでしょうか」

「あんたのお母さん、最近手伝いに来ないんだけどどういうことだい? みんなで協力して食事を作るはずなんだけどねぇ。数日に一回のこともできないはずがないだろう?」

「……すみません」

「さっきも言ってやったんだけどさ、顔顰めるだけで何にも言い返してきやしない。あの人、なんなんだい」


 そういえば、最近ずっと家にいることが多いなって思っていたらそういうことだったんだね。


「あとお父さんもなんだけど、川への水汲みと狩りをしなくなって困っているんだよ。負担はそんなにないんだけど、気持ちいいもんじゃないのは分かるだろ?」

「はい……」


 まさか、お父さんまで何もしなくなったなんて。このままでは風当たりが強くなって生活向上を目指せなくなってしまう、なんとかしなければ。


「あのっ、今度から私がお手伝いに来ても大丈夫ですか?」

「リルが?」

「水運び、食料集め、料理のお手伝いなんでもします。お父さんとお母さんの代わりになるように頑張ります」

「……はぁ、あんたの両親は一体どうしちまったんだろうね。分かった、両親の代わりにリルがしっかりするんだよ」

「はい」

「さっそくで悪いんだけど食事が終わったら水瓶に川の水を入れておくれ。二往復くらいお願いできるかい」

「分かりました」


 そう言い終わると野菜と干し肉(欠片も入っていない)のスープを入れた椀が手渡される。私は深々と礼をしてその場を離れた。


 少し離れた地面に座ると、深くため息を吐く。


「まさか、お父さんとお母さんが何もしなくなっていたなんて」


 由々しき問題だ。この難民集落は協力し合って存続できているので、何かしら協力するのが暗黙の了解になっている。例え絶望していても無気力でも何かをしないとここにはいられないのだ。それをとうとう私の両親が破ってしまった。


 こういうことには集落内はとても敏感で、あっという間にこのことは広まってしまうだろう。そうなってしまったら家族全員が村八分になる。もしかしたら集落追放にもなりかねなかった。これ以上ド底辺になるのは嫌だ。


 生活向上なんて言ってられなくなってしまった。生活向上なんかよりこっちのほうが優先だよ。流石にこれ以上敵対する人を作るのは得策ではないし、命に係わる重要な件だ。


 集落内での印象がこれ以上悪くならないためにも少し多めにお手伝いをするのがいいだろう。普通なら六日に一度くらいで大丈夫だが、四日に一度のお手伝いをしようと思う。今まで手伝わなかった分も合わせて多く請け負うつもりだ。


 10才の体でどれだけできるかは分からないが、できるところからコツコツと信用を勝ち取らないと明るい未来はない。よし、まずは信用獲得だ。


 小さな芋をかじってしっかりと咀嚼すると、大事に最後の一滴までスープを飲み干した。

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