41 輝けるはずだから
「納得いかないんだけど」
昼休みになると、ハルが爆発しそうになっていたので空き教室へと連れ出した。
ここならハルが変な事を口走っても問題ないからだ。
連れてきて開口一番に飛び出したのが、この発言だ。
「ハル、落ち着いて」
「なんであたしが白雪姫なんだよ、どう考えてもおかしいだろっ」
アウトローなハルが大勢で作り上げる“演劇”の“主役”を演じるというのは確かにキャラクターではないように思う。
しかもそれを他人に決められたとなれば、ハルの気持ちも穏やかではないだろう。
「それでも、黙って受け入れてくれたのね」
でも、それをせずに
それは彼女の変化だ。
「
分かってはいたつもりだが、改めて私による変化だと本人の口から言われると心の奥がどこかムズムズとする感覚があった。
「ありがとう、ハルのおかげで無事に事は進んだわ」
あの後、私が王子役を引き受けるという展開は佐野さんにとっても予想外だったはずだ。
主役級さえ決まってしまえば後は自ずと決まっていくため、特に波乱も起きる事なく進行する事が出来た。
「ふん、本当だったら佐野に白雪姫やらせるか、当日サボるかの二択だったからな」
「……うん、どちらも選ばないでくれて良かったわ」
そんな無理矢理な事をしたらクラスの空気がどんな事になるか、想像するだけで恐ろしい。
今の流れも決して褒められたものではないが、それでも見返す事は出来ると思う。
「ていうか、王子役を澪が引き受けんのもけっこービックリしたけど……」
話を聞いている内にハルの怒りの留飲も下がって来たのか、話題は私に移った。
「そうね、あの流れで田中さんに任せるのは可哀想だったし。私がなればそれ以上は嫌がらせも出来ないでしょ」
私には良くも悪くも“生徒会”という看板がある。
その砦には“
まるで虎の威を借りる狐のようなので、好ましくは思っていないのだけれど。
他人にはそう映っているのは自覚しているので、仕方がない事でもあった。
とにかく今回はその立場を使って、佐野さんの独壇場を止めたような形になる。
「じゃあ、白雪姫の時点で澪がやってくれたら良かったのに」
唇をとがらせて不満げなハル。
「……その発想はなかったわね」
「なんでだよ、あたしより田中優先かよ」
「いえ、そういうわけじゃなくて……」
佐野さんを始め、皆はハルが白雪姫を演じることにギャップを感じた事だろう。
だが、私はハルの白雪姫を想像して思ったのだ。
「似合いそうって思ったのよ」
「なにが?」
「ハルの白雪姫」
ハルの目が点になって、一瞬時が止まる。
「……マジで言ってんの?」
「ええ、マジね」
「あたしのどこに姫要素があるんだよっ」
「肌の白さとか?」
「漠然としすぎだろっ」
とにかく、私はハルの白雪姫がそう悪いものではないと思ってしまったのだ。
主役になれば周りとコミュニケーションをとる機会も増えるだろうし。
いいきっかけにもなるのではないかと思ったのだ。
「それより王子様役の方が気が重いわね……」
裏方でサポートが私の得意分野なのに。
成り行きで仕方ないとは言え、まさかの演者側に回るだなんて。
キャラじゃないにも程がある。
落ち着いてくると、その重圧に心が耐えかねている。
「いや、あたしも姫とか気分わりぃし……」
“はぁ……”と、お互いに重い溜め息を吐く。
こんな消極的なお姫様と王子様がいるだろうか。
心配だ、この演劇。
「でも、やるからには全力でやりきるわよ」
それでも、嘆いてばかりでも仕方ない。
私は気持ちを入れ替える。
「うお、真面目モード」
「良い演劇にして見返してやりたいもの」
「見返す?」
「ええ、佐野さんは遊び半分でキャスティングしたんでしょうけど。私達が本気を出して最高の物を見せつけるのよ」
きっと佐野さんは普段やる気のないハルを主役に押し出すことで、恥をかかせるつもりだったのだろう。
そこで上下関係なるものを付けようとも考えていたのかもしれない。
だけど、そうはいかない。
私がいる限りそんな中途半端なものを見せたりはしない。
むしろハルの魅力を引き出し、観客すらも驚かせてみせる。
「なんか珍しいな、澪がそこまで対抗心を燃やすなんて」
「……そう、かも」
言われてみれば確かに、ハルの白雪姫に関しては対抗心なるものが芽生えている。
これ以上ない正攻法だから問題はないのだけれど、根底にある感情が私には珍しいものだった。
「ハルを馬鹿にした扱いが気に入らなかったのね」
そして、そうさせてしまった私自身にも責任を感じている。
だから、ハルの魅力を私は知らしめたいのだと思う。
「な、なんだよ、そうなら最初からそう言えよなっ」
ハルは急に体をもじもじとさせて視線が
そのまま落ち着かない様子で、ハルの体が私の肩を押した。
「じゃあ、頼んだぜっ。あたしの王子様っ!」
ハルが満面の笑みを咲かせる。
その輝くような華を見れば彼女こそ白雪姫だと、疑う者はいないだろう。
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