40 抑止力


 文化祭の時期が訪れる。

 行事に合わせて、生徒会も忙しさを増してくる。

 学校全体のイベントは生徒会が運営に携わる事になるからだ。


「ふあーあ、文化祭とかかったりぃ。サボろうかな」


「……」


 朝、登校途中の隣にはそんな私の憂いなど露知らず、呑気に欠伸をしながら堂々とサボり宣言をする者がいる。


「ハル、そんなこと私が許すと思う?」


「えー。あたしいない方が上手くまとまるからいいんじゃね?」


「貴女が皆に合わせようとする発想はないの?」


「団体行動キライだし」


 元も子もない事を言う。

 学校という集団に属しながら、集団が嫌いだなんて。


「ダメよ、サボろうとしても私が家から引っ張り出すわ」


「うへぇ、一緒に住んでる事の弊害が起きてんじゃん」


「だから必ず文化祭には出るのよ」


「体調不良になって保健室で休むかも」


「その時は本当に体調不良なのか私が確認しに行くわ」


 とにかくハルに休ませる口実は与えない。

 彼女にもしっかり参加してもらわないと困るのだ。


「なんだよめっちゃ出させたがるじゃん。あたしがいないと寂しいのか?」


 ハルが得意のニヒルな笑みを浮かべる。

 どうしてハルに出て欲しいと思うのか。

 以前なら副会長として、生徒のサボりを許容する事が出来なかったからだろう。

 でも今は、ハルに対しては別の感情も働いてるように思う。


「せっかくなら一緒に思い出を作りたいもの」


 うん、それが素直な思いだった。

 この思いはなんだろう。

 友愛か恋愛か。

 どちらも当てはまりそうで、判別はつきづらい。


「あ……うん、まあ、そうだよな」


 ハルは笑みを潜めてぽりぽりと鼻を掻く。

 何か思う所があったのだろうか。


「でもうちのクラスは出し物何にするんだろうな?」


「さあ……無難なものにするでしょうけれど」


 事前にアンケートは取られていたから、そこからピックアップしたものを多数決で決めるだろう。

 何であっても、スムーズに進行出来るように手伝うのが私の仕事だ。


「どーせ、みおはこういう時も真面目に取り組むんだろ」


「ええ、目立つ役割は苦手だけれど、裏方でサポートするのは向いているから」


 生徒会での普段の立ち回りのせいか、自然とそんな動きをしてしまう。

 性に合っているだろうから、特別ストレスもないのだけれど。


「あたしは表も裏もムリ」


「ハルはやる気がないだけでしょ」


「バレた?」


「隠す気もなかったでしょ」


「うん」


 私の文化祭での一番の仕事は、実はハルの行動を見張っておく事なのかもしれない。




        ◇◇◇




「それでは、このクラスでは“演劇”に決定しようかと思います」


 壇上では学級委員長の吉田よしださんが黒板にいくつか上がった候補の中で【演劇】と書かれた部分に赤いチョークで丸をして囲む。

 てっきりお店を出すものかと思っていたので、私としては意外な展開だった。


「演劇を希望される人には事前に演目もアンケートを取っていまして、一番多かったのが“白雪姫”だったのですが、特別意見がなければそちらに決定で良いでしょうか?」


 演劇をやりたくなかった人からすれば、演目に意見するような準備もなく。

 演劇をやりたかった人からすれば、最多票に従う方が無難である。

 そんな声が聞こえてきそうなほど、特に波乱もなく決定していく。

 後は役割決めになるわけだが……。


「それでは配役から決めていきます。主役である白雪姫に立候補される方はいますか?」


 当然だが、私はパスだ。

 そもそも役者の方をやる気は毛頭ない。

 私は美術とか演出とか、そういった裏方に回る。

 とてもじゃないが人前でそんな大役をこなそうとは思わない。


「……誰もいないですかね?」


 何となくそうなる未来は見えていたが、立候補に手を挙げる者はいなかった。

 自ら姫をやりたいと言える人は多くはないように思う。

 では、誰が白雪姫の演劇を希望したのかは謎ではあるが……。


「でしたら申し訳ないですが、推薦から決めようと思います。どなたかこの人にお願いしたいと思われる方はいますか?」


 こうなると、だいたい集団意識は揃うものである。

 主役を張れそうな人物というのはクラスの中でも決まっている。

 容姿に優れ、発言力のある人間が選ばれるだろう。

 まあ……だいたいこの辺りから選ばれるだろうなと何人か候補を思い浮かべる。

 その中に当然私はいない。


「はーい、白花しらはなさんがいいんじゃないですかー?」


 そこに、思いも寄らぬ推薦が挙がる。

 気だるげにハルの名前を挙げたのは佐野さのさんで、彼女はハルほどではないが派手な見た目をしているクラスメイトだった。

 ハルとのポジションで大きな違いは、佐野さんは複数人でグループを形成している所だろう。


「白花さんですね。他に推薦はありますか?」


「ないでしょー。いっちばん目立ってるんだし、白花さんでいいよねー? なんかいつも一人で寝てる感じとか白雪姫っぽくていいんじゃない?」


 何だか嫌な空気だった。

 佐野さんは本当にハルにやって欲しいと思っているよりは、嫌な役目を押し付けているようでもあった。

 しかし、佐野さんの強い主張に他のクラスメイトも口をつぐむ。


「他にはいなさそうですね。であれば、白花さんはそれでよろしいですか?」


「……」


「白花さん?」


「……んあ」


 当の本人は完全に眠っていて、吉田さんに声を掛けられてようやく目を覚ましていた。

 さすがの私もそこまで無関心とは思わず驚いた。


「なに、あたしがどうかした?」


「いえ、その、白花さんに白雪姫をお願いしたくてですね……」


「は? ムリムリやんねぇから」


「いえ、ですが推薦の方にお願いする事になってまして……」


「はあ? 誰だよそんなことした奴」


「えっと、佐野さん、ですが……」


 ハルは露骨に不機嫌なオーラを全身から放つ。

 吉田さんはその姿に四苦八苦しており、完全にとばっちりだ。

 後でハルは叱っておくとして、ハルの視線は佐野さんの方に向けられる。


「おい、誰に推薦してんだよお前」


「別にいいでしょ? 白花ヒマそうだし」


「……はあ?」


 ――ガタッ


 ハルが席から立ちあがる。

 いやいや、それはいくら何でもやり過ぎだ。

 配役決めで喧嘩なんて、文化祭で聞いたことない。


「ハルっ」


 名前を呼ぶと、ハルの視線は私に向かう。

 その鋭い目つきはこちらを見ると一瞬ギョッとして、次第に視線を逸らした。


「……ちっ」


 渋々ではあるがハルは怒りを抑えて席に座る。


「あはは。なんだ、ほんとはやりたいんじゃん」


「……」


 ハルは黙って視線を逸らし続けていた。

 ……そうか。

 今までのハルはずっと一人でいながら、誰の意にも沿わない事で異彩を放っていた。

 しかし、今のハルは制服を規則通りに着こなし、怒りも収めるようになった。

 それによって今までハルが抑圧していた存在が表面上に現れ始めてしまったのか。


「では次は“王子”役ですが……」


「あっ、田中でいんじゃなーい? なんか向いてそうだし」


 すると佐野が食い気味で推薦を始める。

 王子役に推薦された田中さんは私と似たようなタイプで大人しい印象の子だった。


「ね? やりたいよね田中?」


「え、あの、いや……」


 佐野さんの威圧的な態度に、田中さんは乗り気でないにも関わらず断れずにいる。

 ハルの存在はこういった横暴を止める抑止力に繋がっていたのだ。

 それを失わせてしまったのは私がハルを変えてしまったからだ。


「すいません、吉田さん」


「あ、はい水野みずのさん」


 私は挙手をして、佐野さんの一方的な空気を断ち切る。


「自薦はまだでしたよね?」


「え、あ、はい。そうですが……」


 だとすれば、この場の責任は私にもある。


「でしたら王子役は私がやります」


 人を正したいと思うなら、まず自分から動かなければならない。

 私は王子役に立候補する事にした。

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