32 後輩は副会長
Side:青崎梨乃
比較的、私は才能に恵まれていた。
容姿はよく褒められたし、勉強も、スポーツも一通りはそつなくこなす事が出来た。
その反動か何なのかは分かっていないけれど、自分に欠けている物がある事にもすぐ気が付いた。
興味、意欲、関心。
そういった物が希薄だった。
問題が起きても簡単に解決に導けた私は、常に手放しに褒められた。
褒められすぎて、全員同じに見えてしまったのだ。
とは言え結局は傾向と対策。
自分に希薄な部分があると気づけば解決策は簡単。
それとなく人に話しかけ、起きた出来事に関心するフリをする。
それだけで私は他者と上手く関係を築く事が出来た。
その行為の空虚さを感じる事だけは、消える事はなかったけれど。
◇◇◇
『初めまして、
私が三年生になった時、副会長の座に着いたのは一つ後輩の子だった。
長い黒髪と、それに負けず劣らずの漆黒の瞳を持った女の子。
『うん、
悪い子ではなさそうだ、というのが第一印象。
それでも、私にとってはその他大勢の一人に過ぎない。
接する機会は多いだろうから起きた出来事を記憶して、それに関連した会話を進めていけば問題ない。
いつも通りの青崎梨乃を遂行するだけだった。
私は親愛の証として手を差し出す。
『……なんですか?』
『え、握手だけど?』
澪はじっと私の手を見て……見るだけだった。
『ご遠慮しときます』
『え、あ、そう?』
見た目通りクールな子なのかな。
いきなり距離を縮め過ぎたか、そもそも私に関心が薄いのか。
と、自己評価を修正する。
だが、それは次第に誤っている事に気付く。
『澪、まだ残るの?』
『はい、仕事がまだ終わってませんので』
澪は残った雑務の処理に追われていた。
仕事量に関しては通年決まっていて、何だったら会長の私が一番多い。
単純に澪は効率性に少し欠ける部分があったのだ。
『手伝おうか?』
『結構です』
ぴしゃりと断られる。
余計なお世話だったのかもしれない。
そんなに私の手を借りる事が嫌なのかな?
『これくらい自分で出来ないと、先輩に追いつけませんから』
『……あ、そう?』
想定していた方向性とは真逆の感情に面を食らった。
どうやら彼女は私に追いつこうとしているらしい。
目標、的な扱いだろうか?
だとすれば握手を断られたのは何なのか……。
不思議な子だなぁ、と読めない彼女に首を傾げた。
『……こんにちは』
『こんにちは。おっと、澪どうしたんだい? 目にクマが出来てるよ?』
『テスト期間でしたので』
『……あ、そう、だね』
澪は成績優秀と聞いていたけれど、それ相応の対価を支払っていたというか。
何だったら対価の割には報酬が少ないような気さえした。
『寝不足での勉強は、逆に効率が悪いんじゃないのかい?』
『前回は効率を意識して睡眠を十分とりましたが、去年の先輩を超えられませんでしたので』
なるほど、実証済みだったらしい。
それで今回は質より量をこなしたようだ。
正攻法から根性論に移行するのは珍しい。普通は順番が逆だと思う。
ちょっと面白かった。
『じゃあ、今回の結果は良さそうかな?』
『分かりません』
そもそも、テストの点数まで私を意識されている事も驚きだった。
何が彼女をそうさせているのか、不思議ではあったけれど、背中を追いかけられている感覚は悪いものではなかった。
ちなみに、結局私の点数は超えられなかったそうで。
『次回のテスト期間は寝ないことにします。睡眠時間ゼロで』
『それはやめよ?』
変な事を言っている後輩に釘を差しておいた。
『どうして澪はそこまで頑張るんだい?』
ある日、ふと気になって直接聞いてみる事にした。
彼女が優秀である事は疑いようがない。
だがそれは相応の努力に裏付けされたものだった。
別にそれそのものは問題ではないし、褒められるべき美点だと思う。
私が気になったのは、澪がそこまでする理由にあった。
『理想の自分に近づきたいからです』
分かるような分からないような、ふわっとした回答だなと思った。
『……はあ』
『先輩には分かりませんよ』
『そうなの?』
『はい、少なくとも私の気持ちは』
そんな曖昧な言葉にしかならないのは彼女自身もよく分かっていないからだと思った。
それでも、彼女には到達したい領域があり、追われるようにひたむきに努力していた。
その到達点に私がいる事も、よく分かった。
『澪は面白い子だね』
『そうですか? 地味だと思いますけど』
有耶無耶な内面性なのに、真逆のひた向きな努力と根性、その視線の先に私がいること。
興味があるから私に近づいてきたはずなのに、遠ざけようともする人間性。
どれもアンバランスで、私には新鮮に映った。
初めて“水野澪”という人物に私は関心を抱いた。
◇◇◇
澪の足音が遠ざかっていく。
扉を閉めて、立ち尽くす。
『“時間が解決する”って言葉もあるけどさ、人間関係っていうのは複雑でね。時間を置いた方が駄目になってしまう事もあるのさ』
さっき、私が澪にアドバイスした言葉が頭に反芻する。
「……どの口が言ってるんだろうね」
それは今まさに私が体感した事で、自分に向けたものでもあったのだ。
私はきっと、
澪の憧れである私には、きっと側にいてくれるだろう。
最後には私に対する気持ちの答えを見出すだろう、と
「馬鹿だね、私は」
でも、放っていた隙に彼女の心は別の人を捉えていた。
私は胡坐をかいてしまって彼女の気持ちを捕まえておかなかった。
敗因があるとすれば、そこになるだろう。
「まあ、でも終わって初めて気が付いたんだけどね」
とは言え私も澪に対する気持ちを正確に捉えていたわけじゃない。
彼女が離れて行って初めて、私にとって彼女がいかに大切で、他の人とは違う事に気が付いてしまった。
全ては手遅れ、後の祭り、泡沫夢幻だった。
「でもまぁ、最後くらい悪あがきしても良かったんだろうね」
それなのに私は、そうと分かっていて最後まで彼女にとっての“理想の先輩”を演じてしまった。
心が張り裂けそうな自分を無視して、澪の背中を押す事にした。
初めて自分の器用さを呪うかもしれない。
不器用だったなら、もっと素直に自分の気持ちを吐けただろうに。
彼女の手を掴む事を選択しただろうに。
最後まで“青崎梨乃”を見せる事は出来なかった。
そんな私はきっと臆病なのだろう。
そういう意味では
彼女はありのままのを自分を表現しているように見えたから。
澪もそこに心惹かれたのかもしれない。
まあ、もう全て終わった事だ。
「……思っていたよりも
どうも椅子に座るまでの数歩すら億劫だ。
私は力なく床に座り、頬をつたう雫を拭った。
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