33 重なり
駆け足で学校を去り、住宅街を抜ける。
少しでも早く会いたいと、アスファルトを蹴る。
運動は苦手で、体力もない。
心臓はすぐに跳ね上がる。
ただ、それすら無視してひたすら走る。
それしか今の私に出来ることはないから。
「……はぁはぁ」
ようやく家の扉の前に立つ。
取っ手を掴んだ途端、血の気が引いていくのを感じる。
いざその時が目の前に迫ってくると、恐怖が勝ってきている自分に気付く。
きっと、もう一度ハルに拒絶される事を私は恐れている。
体が反応してしまうほどに。
「……だから、なによ」
でも、止まっていても何も変わらない。
私は変わろうとしなかったら
変化を恐れるのは、もうやめよう。
「ただいま」
玄関に上がる。
返事はない。
ローファーを脱いで、廊下を歩く。
居間の扉を開く。
軽快な音楽が短時間に切り替わる。
ショート動画が流れていた。
ハルはソファで膝を折って、丸くなっていた。
「帰って来たのだけれど」
「……」
ハルの視線はスマホから動かない。
無視されている。
その拒絶の姿勢に、息が止まりそうな感覚を覚える。
でも、今はそれでもいい。
このままハルとの関係が終わる方が、よっぽど辛いに決まっているから。
「ハル、聞いて」
「……」
ハルは背もたれの方に体を向けて、私から顔すらも隠す。
でも、そんなのおかしい。
本当に隠れたいのなら部屋にいればいい。
それをしないのは、まだ話を聞いてくれる余地があるからだ。
そう思っていないと、私もやっていられない。
「ねえ、ハル……!」
私はハルの肩を掴む。
掴んで、こちらを振り向かせたかった。
無視という行為を見せつけるハルに、私をちゃんと見て欲しかった。
その体が反転しようとした時に、ハルの肩に力が入る。
「触んなよっ」
私の手を乱暴に跳ねのける。
それと同時にハルが体を起こし、私に視線を向ける。
たった数時間前の事なのに、随分と久しぶりにハルと会った気がする。
「どうして無視するのよ」
「無視されるような事したからだろ」
ハルが私を睨む。
その瞳の奥に憎悪の陰が滲み出ている。
「言ったじゃない、
「だからなんだよ。今日のが偶然でも必然でも、どーせ明日もすぐに会ってペコペコすんだろ」
謝っても、ハルの怒りは収まらない。
その激しい感情の渦に飲み込まれそうになるけれど。
「それが、どうしてダメなの……?」
「あ……?」
分かる。
私が先輩との出来事を、隠してしまったのが腹立たしいのは分かる。
ハルといる事が副会長としてのアピールに見えてしまったのも分かる。
全ては私が軽率で、自分の立ち位置をはっきりさせなかったからだ。
でも、どうしてハルはそこまで怒りを露わにするのだろう。
仮にそれが真実だったとしても、今までの私たちを否定するものじゃないはずだ。
それなのに、ハルはどうしてそこまで私や生徒会を否定したがるのだろう。
「そもそも最初から私が生徒会にいる事は知っていたのに、どうしてそんなに怒るの?」
「だから、それは生徒会がムカつくからで……」
「それは矛盾しているわ、それならハルは最初から私も否定しないとおかしいもの」
「……だから、それは……」
だから、生徒会を否定するハルにはもっと別の理由があるはずで。
「それを教えてちょうだい、そうしないと私はハルが何に怒っているのか本当の意味で分からないわ」
「だから、それはあたしを否定する生徒会が……」
「私はハルを否定していないわ」
「それは知ってるっつうの、だから他の奴らがムカついて……」
「なら、謝るから。私の事は無視しないで」
「どういう話の流れなんだよっ」
確かに支離滅裂になっているかもしれない。
でも、そうなるくらい、気持ちが先行してしまう。
物事を順序立てて整理しようとする前に、ハルの言葉に反応してしまう。
とにかく私はハルにこれ以上、拒絶されたくない。
「私はハルに嫌われたくないわ」
「……何なんだよ、変だぞお前っ」
分かっている。
私はいつもの私とは違っている。
でも、そうさせたのはハルで、私もなりたくてこんな自分になったわけじゃない。
「他の人に距離を取られる事には慣れているけれど、貴女との距離が離れるのは我慢できないわ」
以前の私なら、誰と離れていても気にならなかった。
ハルとの距離は縮まってしまったから、いまさら元に戻せなくなっているだけなのかもしれない。
でも、そんなのどうだってよくて。
大事なのはハルに拒絶される事が耐えられない事だ。
それに耐えるくらいなら、私は自分の弱い所も恥ずかしい所も曝け出そう。
理想像を追いかけた私など、いくらでも捨て去ろう。
「怖いのよ。貴女と離れることが、何よりも」
ハルの頬に触れる。
今度はその手は振り払われない。
その滑らかな感触と、輝く双眸がこちらを見つめる。
「……じゃあ何で、あたしを無視して他の奴らとばっか絡むんだよ」
それが理由なのだろうか。
ハルは私以外には、話す相手はいない。
でもそれはこの学校に来てからの話で、合わない風土に
「そんなつもりはなかったわ」
「嘘つき。副会長としての立ち位置ばっかり気にして、あたしのこと遠ざけていたくせに」
学校での私と、家にいる私とでは、ハルとの距離とは違ったと思う。
それがハルにとっては面白くなかったのだろうか。
生徒会を優先し、ハルを否定する人間に映ってしまう事もあったのだろうか。
「分かったわ、生徒会そのものは辞められないけれど。もう変な隠し事はしないし、学校でも同じように貴女と接するわ」
「……本当?」
ハルが改めて私の瞳を覗く。
「本当よ」
「……まあ、それなら別に……いいけど」
そうしてハルは唇をへの字にしながらそっぽを向く。
それは拗ねている子供のようで、どこか可愛らしくもあった。
「ごめんなさい、ハル」
「……いや、いいよ。あたしもちょっと、大人げなかったし」
それはきっとお互いの小さな勘違いの積み重ねで。
その差異は、距離が縮まれば縮まるほど大きく感じてしまったのかもしれない。
「でもさ、帰ってくんの遅くね?」
「生徒会に行ってたからよ」
「……普通はすぐ帰って来るだろ」
「待ってたの?」
「……ま、待ってねえよ!」
でも、だからこそ、こうして言葉を重ねれば分かり合える。
ハルとならそれが出来ると思った。
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