31 隠していたもの


「やあ、みお


「こんにちは、青崎あおざき先輩……」


 生徒会室を訪れると、陽気に手を上げて先輩が迎えてくれる。

 その姿は本当にいつも通りで、どこか安心感にも似たようなものを感じる。


「先輩、ライン見ました?」


「見てないよ?」


 当たり前のように言わないで頂きたい……。


結崎ゆいざき、今日は休むそうですよ」


「……あー、ほんとだ。連絡入ってたね」


 青崎先輩はようやくスマホを見て結崎の報告を確認する。


「先輩はスマホ見ないだろうから、私から伝えてくれって結崎に頼まれました」


「あはは、なるほどね。叶芽かなめには敵わないね」


 そうやって簡単に自分の短所を恥ずかしげもなく後輩相手でも認めるのが先輩の器の大きさだろう。

 必要以上にプライドが高ければ、そんな事が出来るはずもない。


「それで、白花しらはなハルとは仲直りできたのかな?」


「……えっと」


 そして、こうも簡単に懐に飛び込んでくるのも先輩らしさだ。 

 私の機微を感じて、その変化を射抜いてくる。

 青崎先輩自身はまるで何も心配事などないかのようにして、障壁をなくしてしまう。


「さすがに私もあのままじゃ気になって眠れそうにないよ。何かあったんだよね?」


 朗らかな笑顔で、不信感は一切感じさせない。

 それが青崎梨乃あおざきりのの包容力だ。


「その、喧嘩とかでないので……」


 とは言え、どう言い繕うか言葉を考える。

 ハルとの関係性を明かしていない以上、全てを打ち明ける訳にもいかない。


「君たちはいつの間にそんな仲になったのかな?」


 けれど、青崎先輩は止まらない。

 先輩はこれまで感じてきた違和感を統合し、その答えを弾き出す。

 そこにまで到達すれば、もう情報は必要ない。

 後は先輩が直接聞けばいいだけなのだから。


「仲って言うのは……何の事でしょうか」


「白花ハルと仲が良いんじゃないのかい? だから彼女は澪の言う事だけは聞くんだろ?」


「……そんな事は――」


 ――ない、なんて事はない。


 私とハルの仲は深まっている。

 深まったがゆえに、今は溝が出来てしまったけれど。

 そして、それを隠そうとしている私は何なのだろうか。

 何を守ろうとしているのか。

 自分の事なのにはっきりとしない。

 ただ、ハルの事を否定するのは、今までの関係性すら否定してしまいそうで。

 そんな事を口にすればハルとはもうやり直せないような気がする。


「別にいいんだよ? クラスメイト同士が仲を深めるのなんて当たり前なんだから、隠すような事じゃないと思うけど?」


「えっと、その……」


 私はどうしてハルとの関係性を公言してこなかったのか。


 副会長としての見え方?

 それともハルとの関係性を誤魔化してきた自分自身を知られるのが怖かった?

 あるいはハルとの仲を公言する事そのものへの抵抗感?


 きっと、どれも当てはまっている。

 私は思い描いていた私の理想像から外れるのが怖かった。


 だって、私はいつもそうだから。

 本当の自分は隠して、成りたい理想像を追いかける。

 先輩に憧れたのもきっとそうで、副会長になったのもそう。

 私は自分自身をさらけ出す勇気がない。

 その勇気が持てないから、虚像を作り続ける。


 なんて空虚で薄っぺらい人間なんだろう。

 でも、だからこそ、私は白花ハルに惹かれたのかもしれない。


「……ハルは一見ぶっきらぼうで愛想はないですけど、悪い人間ではありません」


「そう、なのかい?」


 私は告げる。

 言葉で誤魔化しておいて、実際は仲良くだなんて。

 そんな二枚舌な人間を、ハルが好いてくれるとは思えないから。


「あの恰好も彼女なりの自己表現で、理由はあったんです。だから、それを共有すれば直してもくれました」


「理解してあげたんだね、みおは」


「そう、だといいんですけど……」


 でも、全てを理解しているだなんて到底思えない。

 私がハルを理解したのは、ほんの一部で。

 それだけだから、こうして衝突もしてしまう。


「そんなに仲が良いのなら教えてくれも良かったのに、澪は照れ屋だね」


「そうですね……そうなのかもしれません」


 先輩は優しいから誤魔化しておいた事も、何事もなかったのようにしてくれる。

 やはり、私はこの人のようにはなれない。

 誰も傷つけず、それでいて守ってあげられるような人には。


「でも喧嘩は良くないね。……いや、人間なんだから衝突する事もあるだろうけどさ、そのままってのが良くないのかな?」


「そうですよね……」


「澪はどうしたいんだい?」


「私、ですか……」


 私がどうしたいか。

 そんなの考えるまでもなかった。

 その答えはずっと決まっていて、ただ上手く行動できなかっただけ。


「仲直り、したいです」


「そっか……そうだろうね」


 青崎先輩は静かに目を閉じ、頷いた。

 数泊の間を置いて瞼を開けると、いつもの深い瞳がそこにはある。


「なら、早く会いに行った方がいいんじゃないかい?」


「そう……でしょうか」


「うん、“時間が解決する”なんて言葉もあるけどさ、人間関係っていうのは複雑でね。時間を置いた方が駄目になってしまう事もあるのさ」


 そうか、そうなのかもしれない。

 このままハルと何もしないで解決に向かうとは思えない。

 その先にはあるのはひずみが深くなっていくだけの時間。


「深い言葉ですね」


「ふふん、見直しただろう?」


 見直すも何も、先輩は最初から遥か雲の上。

 その高みに近づこうとして、私は見上げるだけの人間だった。


「先輩の人間関係なんて全部上手く行きそうですから」


 何でもそつなくこなす人だから。

 だから、失敗した人間の話まで説得力があるとは思わなかった。


「そんな事ないさ、私にだって……いや、私の事は今はいいんだ。澪は自分の事を考えないと」


「そ、そうですね」


 そう言って先輩は立ち上がり、扉を開ける。


「行っておいで。こういのはね、直接話すのが一番だよ」


「えっと、生徒会は……」


「いいのいいの、後輩の精神衛生を保つのも先輩であり会長である私の務めさ」


 そうして先輩は私を送り出してくれる。


「白花ハルの機嫌が直れば風紀改善にも繋がるしね、一石二鳥だよ。さすがは副会長だ」


「なんですか、それ……」


 そうやっておどけて重かった空気が和らいでいく。

 そんな器用さは私にはない。

 やはり先輩には敵わない。


「行っておいで、澪」


「行ってきます、青崎先輩」


 私は、ハルの元へと走り出す。

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