21 興味があること
「……うーん」
日曜日の朝、私は自室のクローゼットを見て立ち止まり、悩んでいた。
今日はハルと街で遊ぶ事になった。
そうなると当然、私服なわけで。
いつもの制服や部屋着というわけにもいかない。
「何を着たらいいのかしら」
不思議と悩みはそこに至る。
何を着るのが適切か、いやそもそも適切な私服を持っているのか。
知識もなく、ファッションに疎い私はどうしていいか分からなくなっていた。
「まあ、無難でいいのだろうけれど……」
着る事の多い、グレーのブラウスにデニムのパンツを履いてみる。
「……地味、かしら」
いつも派手で、肌の露出が多いハルと隣を歩く恰好にしては地味すぎるかもしれない。
いやしかし、かと言って彼女のような恰好が出来るわけもない。
そもそも私自身の容姿からして圧倒的に地味なのだから。
それを言い訳にした所で、そんなものを他人が知る由もないわけで……。
「別の候補を考えてみようかしら」
大事なのはトライアンドエラーを繰り返すこと。
試行錯誤の中で答えは得られるはずだ。
今着ている服を脱いで、次の候補に着替える事にする。
――ガチャ
なぜか扉の方から音が聞こえてきた。
「おい、おせぇぞ。なにしてん……だ」
「……え」
ブラウスを脱いで上半身が下着姿の私と、ハルが向かい合って硬直していた。
ていうかノックしろよ。
「……へえ、ふーん、ほおお」
そして、ハルと全然目が合わない。
視線を下げて、私の体を舐めまわすように眺めていた。
やめろ。
「その、なんだ。あたしはそーいう柔らかそうな感じ、好きだぜ?」
言いやがった。
こっちが気にしている事を言いやがった。
この落ちない下っ腹の皮下脂肪を見て言いやがった。
羞恥心と怒りが混ざり合って、私の感情はカオスと化した。
「いいから早く閉めて、出ていきなさいッ!」
「あはっ、わるいね」
そしてハルは何の悪びれる様子もなく口だけで謝罪すると、肩をすくめながら扉を閉めた。
温度が急に上昇した気がするのは、きっと陽ざしのせいだけではないだろう。
◇◇◇
昼も近づき、じりじりと照り付ける太陽の下を二人で歩く。
しかし、私の熱はそんな太陽光にも負けじと燃え上がっていた。
「なぜノックをしなかったのか、納得のいく説明を要求するわ」
「だからごめんって謝ってんじゃん。まさかまだ着替えてるとは思わなかったんだって」
「仮にそうだったとしても、人の部屋をいきなり開ける理由にはならないわ」
「そっちだって朝勝手にあたしの部屋に入って来たことあるじゃん」
「それはハルが寝坊して起きてこなかったからだし、事前に声掛けもノックもしたわ」
「これで、すっぴんを見られたあたしの気持ちが分かったか?」
「話をすり替えないで」
家を出てからも、ハルへの追及を止める気はなかった。
私は贅肉事情を知られた事で頭がいっぱいになってしまい、ブラウスとデニムパンツ姿のまま家を出る事にとした。
対するはハルは、白のショート丈のトップスなのだが数字やらロゴやらラインの入ったもので……何だかスポーツのユニフォームのようなデザインだった。
それに淡いピンク色のショートパンツに、サンダルという姿。夏らしく爽やかで、よく似合ってはいた。
「ていうか、どこに向かってんの?」
ハルは私に付いてくるだけだったので、目的地を知らなかった。
安易に話をすり替えられた気もするが、本当に知らないであろうから無視も出来ない。
「バス停に向かってるのよ」
「バス?」
「街までは少し距離があるのよ」
「ほー、なるほど」
歩いてそう遠くない距離にバス停はあり、すぐに到着して足を止める。
ここからバスで20分ほど揺られれば目的地には到着する。
しかし、流れに任せてこんな展開を迎えたわけだけど……。
「? どした」
「あ、いえ」
隣には、目鼻立ちが良い横顔に、健康的な素肌を露出するハルの姿。
学校では異端児扱いとなっているため隠れがちだが、外に出てしまえばそんなものは消え去り、ハルの容姿の美しさだけが際立つ。
「黙っていればこんなに可愛いのに、どうして学校ではあんなに残念なのかと思って」
「……おい、褒めるのか
ハルはげんなりとした表情で私を睨む。
どちらも本音なので、許してもらいたい。
「でもハルはモテそうよね」
「ん~? まあ、そうかもな。前の学校ではけっこー声かけられたかも」
その答えに違和感はない。
彼女の女性的な魅力は、同性から見ても有り余る。
「今は全然だけどな。どーかしてるぜ」
「もっと学校の空気感に合わせればすぐな気もするけど」
耳にタコだろうが、制服の着こなしとかメイクとか。
品行方正な子が多いこちらの風土には、どうしても違和感が生まれている。
「嫌だね」
「はいはい……」
即答だった。
どうやら彼女はまだ一人の道を歩む気らしい。
でもどういうわけか、それに安堵している自分に気付く。
もっと言えば、以前のハルがモテていたという事実は心をザワつかせていた。
どんな事が今まであったのか。
誰かと付き合っていたのだろうか。
付き合っていても別れているのか。
それとも実はその関係はまだ続いているのか。
そもそも誰とも付き合ってなどいないのか。
そんな事に興味が沸くと同時に、薄暗い感情が沈殿していくのが分かる。
知りたいと思う気持ちと、知りたくないと思う気持ちの共存。
果たして、これは何なのだろう。
「にしても珍しいな、
「え、あ、そう……?」
「おう、始めてたぜ。興味なさそうな顔しといて、そーいうの好きなんじゃん」
……確かに。
私は誰かと色恋に関して話した事なんてない。
自分から話しかけたのは初めてだ。
それは、きっと。
「ハルの事だから、かしらね」
うん、それがシンプルな答えだった。
「え、あ……そ。へー、そーなんだ、ふーん」
ついさっきまでニヤニヤとした表情を浮かべていたと思ったら、途端に目を反らして金髪の毛先を指に巻き付けていた。
心なしか顔もどこか赤いような気がする。
「あっ、あー、あたしの事は気になる感じなんだ」
「そうね、不思議と知りたくなるわ。自然と体を見てしまうのもそのせいなんだと思う」
もうハルに私の視線の事はバレているので、明け透けに話す事にした。
言葉にすると、胸にすとんと落ちて、自分の気持ちが正しく表現出来たことを感じる。
「あ、あの、ちょっ、ちょっと……いきなりそっちが攻めるのやめてくれない?」
質問攻め、という意味だろうか。
確かに一方的に聞き出されるのは気持ちが良いものではないだろう。
「そうね、ならハルの方から来てもいいわよ」
「いや、意味わかってないし……」
そうか。
ハルが私に質問したい事なんてなかったか。
「残念ね」
「は、反応に困る……!」
ハルはバスが来るまでの間、しばらく挙動不審だった。
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