22 スタイル
バスが到着して、足を踏み入れる。
思っていたよりも中は閑散としていて、席はいくつか空いていた。
「あそこ座ろうぜ」
ハルは後方にある二人掛けの席を指差す。
「ええ」
特に断る理由もなく、ハルの後を付いていく。
「ここ」
ハルが席を決めて、座るよう促される。
窓際は私でいいらしい。
確認もしないけれど、ちょっと意外に思いつつ座る。
「遠足みたいだな」
「子供なの?」
よく分からない感想に、とりあえず幼い印象だけは抱いた。
「あんまりバス乗ったことないんだよね。いつも電車だったし」
「ああ、そういうこと」
ハルの方が都会に住んでいたらしい。
この街では自家用車が基本だ。
だから、学生はバスに乗ることも多い。
「だからけっこー新鮮」
そして二人席に着くと、妙にハルとの近さを感じる。
普段ここまで近づくことはないし、胸を触った時に関しては近すぎた。
適切な距離感でありながらも、普段よりは近い。
そんな絶妙に縮まった距離に、落ち着きのなさを覚えた。
バスがゆっくりと動き出し、道路を走り出していく。
エンジン音と揺れる振動を感じながら、流れる景色を何となしに眺める。
「お、アレなんだ?」
するとハルが気になる物を見つけたのか、窓に吸い寄せられるように体を乗り出す。
当然、距離は更に縮まるわけで、体が触れ合う。
適切な距離感はあっさりと崩壊した。
「ちょっと、ハル。ぶつかってるわよ」
「いやいや、これくらい良いでしょ」
そうは言うが、露出が多いハルが密着すると肌の質感が感じ取れる。
特に腕同士が重なると、その張りと水気を含んだ弾力に生々しさを感じた。
ハルそのものを感じているような気がしたのだ。
「暑いからやめてと言っているの」
「ほんとかよ」
「それ以外に何があるのよ」
「なんか想像してドギマギしちゃってんじゃない?」
当たらずも遠からず。
絶妙なポイントを突かれる。
「ハルはいつも私にそういう事を言うけれど、貴女自身はどうなのかしら?」
「あたし?」
「そんな発想が出るということは、ハルがそういう感情を覚えるからでしょ? つまり貴女もドギマギしているという証明よ」
人は自分の経験した感情からしか、他人の感情を想像できない。
つまりハルにもそういった感情がある事の裏返しなのだ。
「あー、そりゃね。そういう事もあるさ、あたしは女子の体好きだからね」
「……へえ」
何か突然カミングアウトされた。
どう反応していいのか分からず、生返事だけしか出来なかった。
「だから
ねっとりと、湿度を帯びた視線が絡みつく。
そんな目で私の体を見られても困る。
朝、見られたのだからもう十分だ。
「変態なの?」
「いやいや、別にふつーでしょ。同性だろうが異性だろうが、いい体はいいなって思うでしょ。それだけ」
それは、そうかもしれない。
どんな人種や性別であれ、その体型に関心を抱くことは不思議ではない。
だが、その感情を大っぴらに言う人は少ないと思う。
「私は良い体ではないから、ハルが関心を抱くようなものではないわ」
「そうかな、あたしはいいと思ってるよ」
……さっきから、なんだこの変態な会話は。
真っ昼間からする内容ではない。
いや、夜なら良いというわけでもないけれど。
「降りてもらっていいかしら?」
「照れんなって。同性に認められるのは本物の証だろ?」
「セクハラよ」
「胸触っといてよく言えるな」
それもそうだった。
◇◇◇
「おおー、ビル」
街に着くと、ハルは子供みたいな感想を吐露する。
口を開けて建物を見ている姿は、可愛らしくはあった。
「ハルのいた街にもこれくらいはあったでしょ?」
「あったけど、こっちに来てから初めてだから。久しぶりって感じ」
ずっと家と学校の往復しかしていないハルにとっては、新鮮に映るようだった。
「それで、行きたい所はあるの?」
特にこれといった理由があって来た訳では無い。
ハルの観光目的がほとんどだ。
「何でもいいけど、服とか買いに行く?」
「服……」
なるほど。
ハルと一緒にいるとそうなるのか。
私は服を滅多に買わず、買っても量販店。
ハルが行くようなお洒落なお店なんて全然把握していない。
早くも案内役としての機能を果たせなくなっていた。
「ハルはそんなに服が欲しいの?」
数多く持っているイメージがある。
これ以上あっても体は一つなのだから着れないと思うのだが。
「いや、あたしじゃなくて澪のかな」
「私?」
「なんか、面白みに欠けるから」
「服に面白さなんて求めてないわ」
お洒落なるものとは無縁。
それは水野澪とは最も対局に存在する概念だからだ。
「たまには肌とか出した方がいいんじゃね? こんな暑いんだし」
「出してるでしょ」
私はブラスの袖から出ている腕を晒す。
陽ざしを浴びて、うっすらと焼けてきているのは私の女子力の低さを現わしている。
若干恥ずかしかったが、見せたものは仕方ない。
「いやいや、そんなの誰だって出してるでしょ。そうじゃなくてこれ、これ」
するとハルは私の太ももをパンパンと小気味よく叩いた。
痛くはなかったが、急な接触に驚きはあった。
「足が、なに?」
「出してこってこと、涼しいぜ?」
「絶対に嫌っ」
「お、おう……思ったより意志強めだな」
私の強固な意志表示にたじろぐハル。
しかし、こればかりは譲れない。
誰もが足を出していいというのは無責任な発言だ。
「ハルのように長くて細くてすらっとしていれば、そりゃ出せるでしょうけどね」
「え、あ、うん……」
「私は足の形も良くないし長さも太さもリアルなの、コンプレックスなのよ」
「あ、そ、そか……」
「貴女はどれだけ自分が恵まれた体を持っているのか自覚すべきね。それが分からないから、私のような日陰者にそんな奇行を強要するのよ」
「えっと、褒めと説教が同時で困るんだけど……」
ハルは眉をひそめながらも、口元はニヤニヤと笑っていた。
そんなつもりはなかったが、自然とハルの良さについても吐露してしまった。
「とにかく、そういう事よ。分かったら私のための服選びは止めておくのね」
「うん、つまんねぇこと言ってないで行くぞ」
「え、あれ?」
話は終わるかと思いきや、ハルは全く意に介さず私の腕を取って歩き出した。
どういうことだ?
「そんなのどーだっていいんだって。着たいなら着りゃいいの」
「だ、だから私は着たいなんて思ってなくて……」
「あたしが着てる所見たいんだよっ」
「ええ……」
もう全く論理が通じない。
ハルの個人的な感情に押し流される事になってしまった。
「いいか、日常会話に理屈とか要らないからな? やりたい事やるんだよ」
そうだった。
ここは学校でも生徒会でもない。
休日の中心街。
何の制約もない中で、本気になったハルを止められるはずがなかった。
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