07 悩みの種
どうして私が、こんなにも
義妹という存在によって、私の心配事は格段に増えている。
それもこれも彼女の生活態度が良くないからだ。
そんな存在が同居人だから、学校から家まで考え込まなければならない。
彼女が赤の他人であったなら、私は白花ハルを素行不良の生徒として
結局、白花ハルは一時限目を終えてから登校してきた。
私の朝の苦労は報われたのかと考えると、微妙と言わざるを得ない結果だった。
昼休み。
私の席は窓際の後方、その斜め向かいに白花ハルは座っている。
ふと彼女を見ると、おもむろにスクールバックを持ち始めていた。
その動きを見て、嫌な予感に襲われる。
私は立ち上がり、若干の早足で近づいた。
「何をしているの?」
声を掛けると、白花ハルは少し驚いたように目を見開いてこちらを見た。
「珍しいじゃん、学校で声掛けてくんの」
その表現もやめてほしい。
誰かに聞かれたら、普段はどこかで会っているように聞こえるではないか。
私たちの関係性は秘密にしているのだから、誤解をまねくような表現は控えてもらいたい。
「貴女が変な行動をとっているからよ」
「別に、バッグ触ってるだけだけど?」
「帰ろうとしてるんじゃないの」
「そうだけど」
何の悪びれもしなかった。
だが、それでは約束と違うでないか。
「早退する時は、私に報告する約束だったでしょ?」
「今したじゃん」
……それはそうだが。
「貴女の方からしてきなさいよ」
「今からしようとしてたのに、あんたが早く声掛けるから」
そういう表現もやめてほしい。
まるで私が過剰に白花ハルのことを気にしているようではないか。
一方的な関心を抱いているように思われるのは心が浮つく。
「理由は?」
「帰りたいから」
「体調不良でないのなら、ちゃんと授業には出るように言ったはずだけど」
「……言ったけど、気分ってあるじゃん?」
人に気分はあるが、皆がある程度の我慢をしているし、するべきだ。
私だって、白花ハルの存在によって気分ではない行動が爆増している。
だからそっちも我慢しろ、なんてことも思う。
「そんな理由で帰るのを認めるわけにはいかないわ」
「なんで?」
白花ハルは訝しるように目を細めて私を見る。
そんな視線を送られる覚えはない。
真っ当な事を言っているのは私のはずだ。
「いちいち気分で帰ってたら授業に追いつけなくなるでしょ」
「……あんたはあたしのママにでもなったつもり?」
溜め息混じりで言われた。
誰が好き好んで、同い年のクラスメイトの義妹の母親になどなるものか。
文章にすると尚のこと頭がおかしい。
「貴女の方こそ自由人にでもなったつもり? 最低限、授業は出なさい」
高校は義務教育ではない。
個人の意思で来ているのだから、それ相応な態度も求められる。
子供ではあっても、いつまでも子供のようなワガママをしていいわけではない。
「ちゃんと来たじゃん」
遅刻して早退する奴の“ちゃんと”ってなんだ。
基準がおかしい。
ダメだ。こういう奴を相手に正論というのは効力を発揮しない。
そもそも常識的な理由が通用しないから白花ハルは素行不良と呼ばれているのだから。
「いいからいなさい。私が何の為にお弁当を作ったと思ってるの? 家で食べるためではなくて、学校で食べるためよ」
家で食べるのなら、家にあるものを自分で用意して食べればいい。
だが学校はそうはいかないから、私が用意しているのだ。
「ちっ」
舌打ちをされた。
だが、白花ハルは席に座りブツブツ言いながらバックからお弁当箱を取り出した。
見覚えしかないピンク色のお弁当箱だ。
「あんたと一緒に生活なんてしてなきゃ絶対に言う事なんか聞かなかったのに」
「……そうですか」
ものすごい悪態をつかれたが、どうやら言う事を聞く気にはなったらしい。
あと、聞かれたら関係性がバレるような発言もするな。
ひとまずは早退は撤回してくれたようなので、一安心した。
◇◇◇
放課後。
白花ハルは最後まで授業に出席していた。
ちゃんと言う事を聞いてくれる時もあるらしい。
そんな事に安堵を覚えるのは、白花ハルに毒されているような気もする。
生徒が最後まで授業に出ることなんて皆当たり前にやっているのに。
白花ハルはスクールバックを持つと、早々に教室を後にした。
彼女は帰宅部なので学校に居残る理由はない。
私は自分の荷物を整理しながら、生徒会室へと向かうことにした。
廊下は窓から差し込む夕日に照らされている。
放課後の廊下はわりと静かになる。
授業を終えた達成感もあるため、落ち着いて歩くことができる。
「だから、なんであたしがお前の言う事聞かなきゃなんないんだよっ」
……前言撤回。
私の気持ちはすぐにザワつき始めた。
なぜなら聞いたこともないような怒気を含んだ同居人の声が聞こえてきたからだ。
何事かと視線を彷徨わせると、奥で二人の女子生徒が相対していた。
どちらも私より背が高い。
「それが規則というものだからさ」
「知るかよ」
「それを認める訳にはいかないな、例外を作ると不公平を生むことになる」
「勝手に言ってろ」
すぐに分かった。
青崎先輩と白花ハルだった。
察して、すぐに駆け付ける。
早歩きをしているだけにしては、心臓が荒々しく跳ねていた。
「だから私は生徒会長として言わせてもらって……って、
私の姿を見つけて、青崎先輩の声のトーンが変わる。
白花ハルは振り返らず、背を向けたままだ。
「ど、どうしました? 何かありました?」
私は慌てて仲裁に入る。
二人の雰囲気が険悪だったからだ。
「ほら彼女の制服、校則違反だろ? 注意させてもらおうと思ってね」
「あ、ああ……」
そうだった。
家にいる時の方がもっとだらしないから忘れていた。
これも同居生活の弊害だろうか。
いや、そんな言い訳が通用するはずもない。
「なんだ、あんたもそっち側か」
すると、白花ハルは私に対して冷たい視線を送る。
きっとさっきまで青崎先輩に向けていたもの。
家や、教室で見せた時のものとは異なるもの。
隔たりを感じる、遠い視線。
「澪は優秀な生徒だからね、だから副会長になれるんだ。君も見習うべきじゃないかな?」
「へー。興味ないけど」
「だから関心を持つべきだと言っている」
「余計なお世話って知ってるか?」
「……」
「……」
この数秒で分かった。
青崎先輩と白花ハルは絶対に合わない。
合うとは思ってなかったが、ここまでとも思ってなかった。
私は生徒会副会長として、それとも義姉として。
何をどう思って行動するべきか、迷いが生じていた。
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