08 妥協案
「あ、あの。
二人の間に入り白花ハルを背にしながら、私はそんな事を口走っていた。
そんな私の受け答えに、
「大丈夫かい……? 私の言う事にすら聞く耳を持たないのに、
分かっています。
先輩で生徒会長である
先輩はそう仰りたいのでしょう。
正しい判断です。
「大丈夫です。ここは私がちゃんと言って聞かせますから」
「でも……」
後輩に任せていいものかと悩んでくれているのでしょう。
心配してくれているのはとても嬉しいです。
でも、私と彼女との関係性は少し
二人きりにしてもらえる方が話はスムーズになると思います。
「私を信用してくれませんか?」
先輩からの信用を試すような言葉。
後輩として正しい態度ではないだろうけど、今はとにかく私に任せてほしかった。
「……いや、そういう訳じゃないさ。信用ならいつもしているよ、澪」
そこでようやく青崎先輩の瞳に柔らかさが宿る。
「なら、お言葉に甘えて澪にお願いしようかな。困ったことがあったらすぐに私に言うんだよ」
「はい、分かりました」
気づけば先輩はいつもの柔和な表情を取り戻して、踵を返す。
きっと生徒会室へと向かっていくのだろう。
その背中が離れていくのを数十秒ほど見送っただろうか。
「……じゃ、あたしも帰るかな」
背中から物憂げな声色の声が聞こえてきた。
振り替えると、白花ハルはげんなりとした表情で肩を落としていた。
「このまま返すわけないでしょ」
「もう、うんざりするほど文句言われたんだから十分でしょ」
「それは貴女の制服が正されて初めて十分になるのよ」
「おいおい、文句が言う人が変わっただけで状況変わってないじゃん」
より一層、白花ハルの表情が険しいものとなる。
そりゃそうだろ、話を聞いていなかったのかこいつは。
「先輩に睨まれたら痛い目を見るのは貴女の方なのよ」
「なにが?」
「青崎先輩は生徒からの人気も高いし、先生からの信頼も厚いのよ。そんな生徒会長と素行不良な転入生、どちらを大衆は味方すると思う?」
そんな一方的な状況になる前に私が変わって穏便に済むようにしているのだから感謝して欲しい。
何も難しいことは言っていない。学校の中でもう少し規則に則った着こなしをしろと言っているだけだ。
「素行不良な転入生に最初から味方なんていないんだから、状況は変わってないと思うけど?」
「……」
捻くれていながらも芯を突いた事を言われて返事に困る。
変な言い回しをせずに素直に伝えていれば良かった。
「とにかく、毎回こんな目に遭うのは貴女も面倒でしょ。もう少しちゃんと制服を着なさい」
ブレザーのボタンは留めず、ブラウスの第二ボタンまで開けて、スカートは膝よりも随分と上。
軽薄そうな印象以外、その姿から受け取れるものはなかった。
いや、家にいる時の方がもっと軽薄なのだけれど……。
「あたしはあたしのやりたいようにやるから」
「貴女ね……」
融通を利かせるつもりは一切ないらしい。
だが、私も彼女の
「言う事を聞かないと家に帰った時でも正すよう言い続けるわよ」
「……うげぇ」
白花ハルは舌を出して、露骨に嫌そうな表情を見せた。
想像してうんざりしているのだろう。
同居人としての強みというか、しがらみというか、とにかく私はそんなものを生かしてみた。
「勘弁してよ、あんたはあたしの親か何かなの?」
「あたしだって好きでこんな事してるわけじゃないわよ」
貴女がもっと規則正しい子だったらこんなに手を焼いていないし、口出しもしていない。
まあ、生徒会じゃなければこんなにも口出しもしてなかったとは思うけど……。
そこはお互いに運が悪かったと思うしかないかだろう。
「……学校から帰る時くらいブレザーのボタンは閉めときなさい。そうしたらもう少し目をつけられなくなるでしょ」
「あれ、なんか妥協した感じ?」
「うるさい」
「らしくないじゃん」
だってこのまま行っても話は平行線。
きっと白花ハルは自分の意思を曲げない。
そうしたら先生も会長も白花ハルに注意を続けるだろうし、それに彼女はより意固地になって抵抗を始めるだろう。
話は悪化の一途をたどるだけで、そんな展開が容易に想像がついた。
だから、どこかで折り合いをつけなければならない。
「人前で注意されないように、もう少し上手くやりなさいと言っているのよ」
「……へえ、でもそれ、あの会長さんが求めてるものとは違うんじゃない?」
確かに、求められているものとは違うだろう。
青崎先輩は学校の規律を案じている。
なのに、こんなその場しのぎのアドバイスは根本的な解決策になっていない。
それでも……。
「お互いが平和でいるのが一番でしょ」
「あたしの事も考えてくれたんだ?」
白花ハルは感心したような声色に変わる。
その言葉はその通りで、なのにどうしてか心の中で違和感を残した。
今はそれを無視しておく。
「そうよ」
「意外だね、あんたはあの会長さんの言いなりかと思ってたよ」
言い方は腹が立つが、その評価は当たっている。
私は青崎先輩を尊敬し、あの人のようになりたいと思っている。
だから、先輩が望んでいる形とは違うものに帰結させるのは違和感がある。
それでも、私は折り合いをつける方を選んでしまっている。
「何でもかんでも頭ごなしに否定すればいいわけじゃないから」
「お、会長批判?」
「そういう意味じゃないわ」
「じゃあ、あたしの味方でもしてくれた?」
……そう、なるのだろうか。
全てを白花ハル優先にしたわけではないけれど、今までは青崎先輩の側に立っていたのに、何歩かは白花ハルに歩み寄ってしまった。
きっとそういう違いはある。
「どちらも味方よ」
「八方美人」
「うるさい」
「ははっ」
珍しく……というか、初めてだろうか。
白花ハルがはにかむような笑顔を見せた。
いつも仏頂面でつまらなさそうな表情をしているから、目を奪われてしまった。
きっと、そんな笑顔を振りまいていたら敵はもっと少ないだろうに。
なんて、余計なことを思ってしまう。
「まあ、今回はあんたに助けてもらったみたいだし。さんきゅーな」
……結果的にはそうかもしれない。。
私は白花ハルに肩入れをしてしまっている。
素行不良で性格の合わない彼女に。
「お礼を言われるような事はしていないわ、とにかく服装を改めてから帰りなさい」
「へいへい」
すると白花ハルはブレザーのボタンを留める。
ブラウスはそのままだし、当然スカートもそのままなので軽薄な印象に変わりはないが。
それでも、今はこれで良しとするべきだろう。
何でも最初から完璧を求めることは正しくない。今日は一つ正したのだから、今後はもっと正しく着るように促せばいい。
「それじゃあたしは帰るよ、いつまでもつか分かんないけど」
「余計なことを教えないで」
それを知ってしまうと余計に青崎先輩に報告しづらくなる。
「そうかい、じゃあね」
「ええ……気を付けて」
だけど、こうして学校でも別れの挨拶をするくらいには。
私と彼女の距離は縮まっているらしい。
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