05 価値観


 家に帰ると玄関先には、スニーカーが左右バラバラの位置で脱ぎ捨てられていた。


「……靴もまともに整頓できないのか」


 癪に触って仕方ないが、私が並べて端に寄せる。

 こんな事でわざわざ呼びつけるのは狭量だし、かと言ってこの惨状を無視するのも美的センスがないようで気持ち悪い。

 どう足掻いても気分が良くない方向に転がるしかないことに、この犯人に対する憤慨を募らせていく。

 居間へと足を運ぶと、昨日と同じようにソファで寝そべって素足を組んでいる義妹あるいは同居人がいた。


「貴女、学校はどうしたのよ」


 開口一番にその話題に触れると、白花しらはなハルは視線だけを私に向けてくる。

 その瞳にこれといった感情は映り込んでいない。


「……行ったけど?」


 特に悪びれる様子もなく、そんなことを言ってのける。

 そんな話をしているわけではない事は分かっているだろうに。

 白々しらじらしい。


「途中で帰ったでしょ、無断で」


「調子悪かったからね」


 その割に、昨日と全く同じ態度というのはどういうことだろう。

 調子が悪ければ自室のベッドで寝ているべきだ。

 ……だけど、全否定するというのもおかしな話になる。

 こうして家に帰って来てはいるのだから、遊んでいたというわけではなく彼女が本当に体調を崩していた可能性はある。


「それでも先生に報告するなりしなさい」


「調子悪い時に話しかけるのってダルいじゃん」


「周りが困るのよ」


「いやいや、“周りから浮いてる”んだから、いなくても問題ないでしょ」


 ……む。

 それは私の昨日の発言を引用している。

 意趣返しのつもりだろうか。

 それはそうと、私は話の落とし所を考える。


「ならせめて、私には伝えなさい」


「……は?」


 無気力だった瞳に疑問の色が浮かんだ……ように見えた。


「先生に話しかけるよりはまだいいでしょ。私に言ってくれたら、こちらで伝えとくことも出来るのだし」


 帰る家は一緒なのだから、体調不良であるのならどのみち私は知ることになる。

 遅かれ早かれの問題なのだから、彼女もそれくらいは言うべきだ。


「なんで、あんたがそこまですんの?」


「なんでって……」


 しかし、また変な所に疑問を抱く。


 白花ハルはおよそ常識と思われる行動をとろうとしない。

 その在り方を正すのも必要だろうが、私が許容していく部分も必要だろう。

 一方的に押し付けるのではなく、互いに歩み寄れる場所を探るのだ。


「同居人の都合を把握しとかないと、夕ご飯どうしていいか分からないでしょ」


「……へえ」


 関心したような声を上げる。

 さっきから思うのだが、どうして白花ハルの方が上からのスタンスなのだろう。

 私の方が配慮ばっかりしていて、納得がいかない。

 そっちからも歩み寄れよ。


「また“生徒会として”みたいな、つまんない正義感持ち出したら無視してやろうと思ったけど。それならいいかな」


「……」


 私としてはツッコみ所が多すぎる返答なのだが。

 落ち着け私。

 素行不良の生徒と対峙するのに、自分と同じ目線を要求するのは間違っている。


「調子悪い時に揚げ物とか出されてもヤだしね。次からは言う事にするよ」


「……そうして」


 求めていた成果を手に入れたのだから良しとするべきなのだろう。

 しかし、終始その態度が気に入らない。

 さすがに私が下手したてになりすぎではないだろうか。

 白花ハルはソファで寝そべっているこの構図すらも憤りを感じる。


「でも調子が悪いのなら事前に言って欲しかったわ。お弁当をわざわざ用意する必要もなかったでしょ」


 これは言っても仕方ないのは分かっているけど。

 せっかく白花ハルに配慮してのお弁当だったのに、それが報われなかったことに対する怒りだ。

 せめてこれくらいは吐き出しても問題ないだろう。


「あー。食べたよ?」


「……え」


「ほら、そこ」


 ダイニングテーブルには空になったお弁当箱が置かれていた。

 お弁当を食べる元気はあったようだ。

 いよいよ体調不良も疑わしい。


「美味しかった。あんた料理上手だよね、けっこー好み」


「……」


 毒気を抜かれる、というのはこういう事を言うのだろうか。

 さっきまで刺々しい態度ばかり見せていたのに、家で一人お弁当を食べてる姿を想像したり。

 それを美味しいと思ってくれていたのかと考えると、ぶっきらぼうなだけで案外悪い人物ではないのかもしれないと錯覚に陥りそうになる。


「でも、ソースはもうちょっと味濃い方が好みかな」


「……」


 前言撤回。

 やっぱりムカつく。

 

「それだけ味わう元気があるのなら、貴女本当は体調悪くないでしょ」


 再燃した怒りに任せて、避けていた本題を追求する。

 有耶無耶にしようとも思ったが、ここまで私に配慮させたのだから、そちらも私に腹の内を晒すべきだ。


「まー、体は元気かな」


「……じゃあどこに元気がないのよ」


「心の?」


 これまたざっくりとしていて、微妙に触れづらい部分を持ち出す。

 気持ちが病んでいると言われれば、それを非難するのは難しい。


「具体的に、どういう精神状態なのよ」


「だるいなー、みたいな?」


「……」


「心の倦怠感ってやつ?」


 良いように言い過ぎだ。


「要は授業が面倒だっただけ?」


「それはあるね」


 あっけらかんと言ってのける。

 彼女と会話する時は、体調不良という言葉の定義から疑わないといけないことが分かった。


「出なさい」


「え?」


「体が元気なら授業にはちゃんと出なさい」


「はあ?」


 眉をひそめて難色を示す白花ハル。

 文句を言いたいのはこちらの方だ。


「文句があるのなら好きなようにしてもらって結構よ。こちらとしては貴女が報告を怠ったり、仮病でも使おうものなら私は容赦なく料理を野菜中心にさせてもらうから」


「……はああ?」


 皺の深さが増す。

 彼女にとってもかなり嫌な提案だったようだ。


「あんた、やっぱり性格悪いね」


「貴女だけには言われたくないわ」


 やはりというか何というか。

 私と白花ハルではこういう対立構造を避けられないのかもしれない。


「はー、あんたの料理のためならしょうがない。オッケー、やるよ」


 それでも白花ハルにとって私の料理はそれなりの価値があるらしい。

 それはそれで、むずがゆい。

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