04 義妹は他人か


「また白花しらはなの事で、何かありましたか……?」


 彼女が何かをしていることは分かっている。

 常に目立つ女なので、何もない事の方が少ない。

 問題は、青崎あおざき先輩が何を知っているのかだ。


「さっき先生から聞いたんだけど、午後から授業に出てないんだって?」


「あ、はい……」


 そうなのだ。

 正確には、昼休みよりも前に姿を消していた。

 よく見ると鞄もないため、おかしいなとは思っていたのだけど。

 まさか何も言わずに授業を抜け出すとは私も思っていなかった。


「アイツ……」


 腹が立つ。

 何に腹を立てているのかと言えば色々だけど。

 真っ先に思い浮かんだのはお弁当のことだ。


『野菜盛り、思ったより美味しかったけどお昼にコレだとやる気なくなっちゃうから違うのにしてよ』


『……はあ』


 という一幕があったから、意識して今日はハンバーグにしたのだ。

 本当だったら昨日残った野菜炒めをお弁当に詰めても良かったのにだ。

 私は料理人でも家政婦でもない。

 それでも言われると気になってしまう性分だから善処したというのに。

 それを食べる前に学校を後にするとか、私の苦労を何だと思っているのか。

 ていうか“やる気なくなっちゃう”とか言っておいて、先に帰っていたらやる気うんぬんの問題ではない。


「おや、珍しいね?」


「え、あ、はい?」


 青崎先輩が瞳を丸くして私を見ていた。

 その表情こそ、珍しいと思ったのだけど。

 どうしてそんな態度を見せてくれているのかも、よく分からない。


みおが言葉を崩して怒りを露わにする所、初めて見たな」


「……ああ」


 なるほど。

 確かにそうかもしれない。

 もし、これが他のクラスメイトであったならば、私もここまで態度に出さなかっただろう。

 義妹としてのエピソードが加わることで、いつも以上に感情を膨らませてしまった。


「すみません、お見苦しいものを見せてしまって」


 何にせよ、そんな事情を知るはずもない先輩に見せる態度ではなかった。

 もっと自分の感情をコントロールしていく必要がある。


「ううん、そういう顔もするんだと思って安心したよ」


「安心……?」


 先輩は先輩でおかしなことを言う。


「うん、澪はどんな時でも冷静沈着だからね。それは美徳だけれど、たまにはそういう人間らしい感情を露わにするのも大事だと思ってね」


「……私はいつも人間らしいつもりですが」


 少なくとも先輩を前にしている時に、冷静沈着でいられる時間はあまり長くはない。

 何かに心を動かし続けられている。

 それを勘づかれないように、必死に隠しているだけに過ぎない。

 でも、それがバレていなかったのは良かったとも思っているけれど。


「ああ、そうだね。ごめんごめん。言葉で伝えるのって難しいね、そんなデリカシーのないことを言いたかったわけではないのだけど……」


 うーん、と。

 青崎先輩は腕を組んで、眉をひそめる。

 何か考えているようだけど。

 その考え事も、私のせいなのは忍びない。


「いえ、そう思わせてしまう傾向にあるのは自分でも分かっていますから。気にしないで下さい」


「いや、そうじゃなくね。なんて言うのかなぁ……」


 それでも先輩は納得いかないようで、考え続ける。

 私なんかのために先輩の時間を使わせてしまっているのは、どこか罪作りな背徳感が少なからずある。


「あ、うん。“嫉妬してしまう”、言い換えるならコレかな?」


「……はい?」


 聞き間違いかと疑った。

 どうしてこの話の終着点が、そんな感情に行きつくのだろうか。

 先輩が嫉妬するような物なんて、私なんかが持ち合わせるはずもないのに。


「澪にそんな顔をさせる白花ハルという存在に、さ。私だってそれなりに澪と長い時間一緒にいるんだから、そういう顔をさせてみたいよ」


 それは、どう受け取ればいいのだろうか。

 白花ハルがおかしい存在だから、私の感情が乱されているだけなのに。

 先輩が嫉妬という感情を持ってくれた事に喜ぶべきなのか。

 どこから手をつければいいのか、よく分からなくなってしまう。


「先輩を相手に、怒りの感情を持つわけないじゃないですか」


「それは、どうしてかな?」


「白花がおかしいから、私も態度がおかしくなるだけです」


 先輩に対する特別な感情を言葉にはしない。

 それは隠して、白花の特異性だけを押し出す

 私のこの形容しがたい感情を、先輩に晒すのはまだ難しい。


「なるほどね、やっぱり嫉妬だ」


「……ちょっと意味が分からないのですが」


 それに先輩は“嫉妬”という単語を繰り返すべきではない。

 そこに特別な意味がないとは分かっていても、勘ぐってしまうではないか。

 いや、そこに特別な意味があったとしたら、何だと言うのだろう。

 何か始まるわけでもないだろうに。

 私もおかしなことを考えすぎている。


「白花ハルは行動一つで澪の感情を動かせるんだ。それが例え悪感情だとしても私には出来ないことだからね」


「青崎先輩は白花に出来ないようなことが何でも出来ますから気にしないで下さい。私は白花に呆れて怒っただけです」


 それに白花は“何もしていない”だけだ。

 先輩のように“何でもできる”のとは真逆。

 ただひたすらに白花が幼稚なだけ。


「ふふ……怒りの感情は“関心”の現れだよ?」


 先輩はあくまでも私が白花に対して態度を変えたことに、別の意味を見出したいらしい。

 でも、その関心も“青崎先輩”が中心にいて、その話題に白花が出たからに過ぎない。

 そして、白花が義妹であるという距離の近さが、私の感情を荒立てやすかっただけだ。


「生徒会じゃなかったら、白花に関心なんて持ちませんでしたよ」


 でも、そんなことも先輩に伝えるわけにもいかない。

 また隠しながら、別の理由をさらす。


「なるほど、それもそうか」


 やっと、先輩も納得してくれる。


「でも、あまり気負い過ぎないでね。クラスメイトだからこそ言える事があると思って澪に任せちゃったけど。どこまで行っても生徒同士なんだから限界はあるさ」


「はい、ありがとうございます」


「他人同士、分かち合うのは誰だって難しいさ」


「……そう、ですね」


 この言葉も相手が白花じゃなければ、もう少しすとんと胸に落ちたのだろうけど。

 “義妹”を他人と呼ぶには違和感が残る。

 “同居人”というのもやはり他人と言い切るには心もとない。

 そんな距離間だからこそ、それをどうにも出来ていない自分にも苛立つのかもしれない。

 出来れば先輩の思いに応えたいという願望も、きっと拍車をかけている。


「でも、何とかします」


 家に帰れば、白花ハルはそこにいるのだから。

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