第百二夜 東京火葬場そばのマンションの霊
東京に越してきてから住み替えて何軒目かの、火葬場近くの古いマンションの話をしよう。
そのマンションはとても古く、昭和四〇年代にできたものだ。近くには大きな火葬場と葬儀場、周囲にはお寺と墓が並んでおり、ほとんど廃墟のような外見でありそして内装である。
とはいえ駅近で立地がよく、家賃は激安の上に部屋は広く、八十平米近くもあった。ついでに広めのベランダからは都庁が見えた。
こういう物件に住むのはさすがに勇気が要ったのだが、それものっぴきならない事情であった。要するに会社都合である。
当時忙しかった私は、会社に部屋探しを丸投げすることにした。条件は「風呂トイレ付き、駅近、会社から近い、家賃が安くて部屋が広い、隣人がまとも」である。そんな物件東京にあるわけないのだが、なんと本当に会社は探してきた。そしてもう契約はハンコを押すだけだからと言われて、内見に行った私は、大した説明もなく管理人に部屋の鍵を渡されて即日契約となった。あれよあれよという間だった。
当たり前だが扉も古く、ほんとうに大丈夫かなここ、と思ったけれど、私はとりあえず部屋の中に入ってみることにした。しかし期待を裏切ることなく、もう何十年も主を向かえなかったであろう部屋は薄く埃が積もっており、時が止まったているような気がした。リノベーションは一度されたようで、トイレやお風呂などの水回りは綺麗になっていたが、壁や床は古く、下手すると実家よりひどいかなぁ、と思うくらいだった。
とはいえ、もう契約もしてしまったし、と思って水道をひねると水が出た。じゃあ床でも拭くかと思ってリビングの和室を掃除したあたりで、『なんでこんな部屋に住まないといけないんだろう』という思いが沸いてきて悲しくなった。と、同時になんだか眠たくなって、拭いたばかりのリビングの畳の上でうとうとと眠りこけてしまった。
『すみません、すみません』
という聲で、私は目を覚ました。驚いた飛び起きてみると、窓から夕日の差し込む部屋は真っ赤であった。リビングから見えるダイニング、そこから玄関へと繋がる薄暗い廊下に、静かに佇む女性がいた。その女性の顔は認識することはできなかったが、
『※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※』
と、聞き取ることない何かを口にした。そのひとときの後、私が血糊みたいに真っ赤な夕焼けに染まった部屋の色に意識を奪われていると、いつのまにかその女は消えていたのである。ああ、ここはあたりだ、と私は思った。
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思った通り、その部屋にはとにかく霊が出た。寝室には『一人百物語』にも書いた洗濯物干しの下から掴む少女、キッチンには窓の外から覗くおっさん。そして夕焼けと雨の日には例の静かに何事かを言う女である。
だけど実害があるわけではなさそうだったので、それぞれをそれぞれのやり方でお祀りして、共存を試みることにした。祀れば各々は大人しくなって、気配はするけど驚かしてくることもなくなった。一方で私はこのマンションがボロであることをいいことに、壁紙を勝手に変えたり什器をいれたり、いろんなものを吊るしたり、これでもかというくらい部屋を改造することにしたのである。
部屋の見た目はみるみる新しくなって、前からあった備え付けの家具も、レトロで大収納でいい感じ、くらいになった。住んでみると広いし物は置けるし、改造のしがいもあるし最高だった。異変が起こったのは、そのマンションが老朽化で取り壊しがきまり、私の次の部屋が見つかったあたりだった。次の部屋は廃墟みたいな建物のその部屋よりも全然新しい、小綺麗な部屋に決まった。
私が通話などでその話をしていると、その日の昼休みに仮眠をとることにしたところ、寝室の女の子の霊から背中をドンドンと叩かれた。驚いて飛び起きようとしたが、背中に少女がぴったりとそのままくっつきながら、悔しそうに歯を食いしばっている感覚があり、『新しい部屋の話をされるのは嫌なんだろう』『悲しんでいるのかもしれない』と思った。
また、キッチンの荷造りをしているとき、視線を感じで振り向くと、窓の隙間からおっさんがじっとこちらを見つめていた。こんなに長く見られたことはないなぁ、と思ったけど、何か言いたいんだろうと思って私はひらひらと手を振り、『世話になったね』と言った。
そして、部屋を引き払う前日、掃除なども全て終わった後のことだ。しとしとと朝から降り続いた雨が止み、昼下がりには晴れ間ものぞいていた。掃除に疲れた私はやはりなんだか眠くなってしまい、畳を拭いたあとの何も無くなってしまったリビングで、うとうとと眠りこけてしまった。
すると、あの時と同じことが起こったのである。それは、この部屋を初めて訪ねた日に起きたこと。
『すみません、すみません』
という聲で、私は目を覚ました。驚いた飛び起きてみると、窓から夕日の差し込む部屋は真っ赤であった。リビングから見えるダイニング、そこから玄関へと繋がる薄暗い廊下に、静かに佇む女性がいた。その女性の顔は認識することはできなかったが、
『※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※』
と、聞き取ることない何かを口にした。そのひとときの後、私が血糊みたいに真っ赤な夕焼けに染まった部屋の色に意識を奪われていると、やはり、いつのまにかその女は消えてしまったのであった。
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以上が、前に住んでいた部屋で体験した霊たちのお話である。正直言って彼ら彼女らはとても個性的で、先住者として素晴らしい霊たちだった。
最後に管理人に確認をしたところ、取り壊しは実はなかったことになって、大規模な工事で建物の構造自体の補強や補修、配管の整備などを行ったあと、部屋をリノベーションしてもう一度貸し出すことにすることになったのだと言われた。
そのとき、あの先住者たちはまだあの部屋にいて、次の住人ともうまくやっていけるだろうか。私みたいなお化け好きがまた住むといいね、と、もう二度と戻ることのないあの部屋を思い返すのである。
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