一人百物語 +

うみのまぐろ

第百一夜 老爺の知らせ

これは最近、私が地元に出張したときのお話である。

地元は飛行機でしか行けず、今でも電車もない車社会であった。そのときは突然の出張であったため、事前にレンタカーを予約することが出来ず、機内で検索して格安レンタカーを予約した。


飛行場までレンタカー屋さんに迎えに来てもらって、空港から少し離れたところで手続きをした。主に中古車をレンタカーとして扱っているため格安らしいのだが、車体があまりにボロくて、私も「まあ、地元だし乗れればいいか……」程度であったため、任意保険は加入しないでいいかな、と思った。


すると、受付のお兄さんが不思議なことを言ったのである。


「本当にはいらなくていいんですか?」


その言葉が変に耳に残って、私は任意保険に加入することにした。この時からこの少し奇妙な体験は始まっていた。


********


この出張にはついでの目的もあって、もちろん仕事なのだが、ついでに先祖が残した土地を見てこようと思っていたのである。父が先祖の残した土地を売って金に換えたり、母が司法書士に騙されたりなどして以前ほど多くは残っていないのだが、それでもいくつか残っている土地があって、家などを建てるには十分な広さがある。贈与問題とかが発生する前にその土地を調査して、ある程度情報を整理しておこうという算段だった。


その中でもいわくつきの土地がある。水道などが整備される前から存在した、「井戸のあった土地」である。


その土地は、水源のなかったその一帯にとって、水道が整備されるまではたいそう重宝された。しかし、現代になっては不要なものとなったため、井戸は取り壊し、その一帯の土地は守り神的なものとしてなんとなく近づかず放置される場所となった。小さいころ、何度か忍び込んだことはあるが、その時よりも背の高い草木が生い茂っていて、おおよそ人の入れる状態ではなくなっていた。


しかし、調査はしなければならないため、私はその近くの道路に車を停め、その土地に分け入ってみることにした。背の高い草木や大きな葉っぱをかき分けかき分け奥に進んでいくと、薄暗く日光の入らない場所に、人工的な岩が散らばるくぼんだ場所があった。記憶ではここに井戸があったように思う。そこは外はカンカン照りの日だったというのに日の光もさすこともなく、少し肌寒いくらいのひんやりとした空気に包まれていた。


私はその一帯をスマホで撮影し、他の場所も調べてホテルに戻って仕事をすることにした。忙しく仕事を片付けてしまった後、私はひどく疲れていて体調もなぜか悪かったのだが、どうしてだか海が見たくなって車を出すことにした。そのとき、私は奇妙な行動をとっている。


それは、なぜか車を出す直前に、レンタカーの正面、車体などを写真に収めていたのだ。普段の私なら、このような行動は絶対しない。そして、案の定奇妙なことに、駐車場から車を出そうとしたときに、駐車場内に立っていた道路標識にぶつけてしまい、バンパーが破損し、道路標識が曲がってしまった。事故を起こしてしまったのだ。奇妙なことにその標識は、一目見たときから、あ、これぶつけそうだな、と思っていたものだった。どうしようかと思って車を降りると、どこからともなく現れた、80代くらいの老爺が話しかけてきた。


「これ、レンタカーか? 高くつくぞ? すぐ連絡しなさい」


そういわれて、私は冷静になって、警察とレンタカー屋に連絡をすることにした。気がつくと老爺は消えていた。事故処理をしていると警察の方が、道路標識の修理代を請求したいので、私が払うかレンタカーの任意保険で払うか、という問答になった。

レンタカー屋さんの任意保険に加入しているので、それで払うことになると思います。と告げてその場は解散となったが、レンタカー屋さんはなぜか保険番号を教えるのを渋っていた。レンタカーは自走できたので、そのまま使用していていいという事になった。


そして、レンタカーを返す日になって、レンタカー屋さんの担当者の人から、「標識の修理代はそっちで出して欲しい」と言われた。何でですか? 任意保険は入ってますけど? と答えると、「事故が多すぎて、この1月から任意保険の対物保険を外している。だから保険から出すことはできない」ということだった。たしかに「対人、対物無制限」と聞いた覚えがあったが、保険の内容を了承した書類などはもらっていなかったため、うーんやられたなあ、と思って標識の修理といっても10万円程度だろうし、まあいいかと思って、「そういう事情であれば、まあ」とその場は引き下がった。でも変だなあ、と思って、レンタカー屋さんが加入している保険屋さんに電話して確認したのだが、「レンタカー屋さんとお客様でどのプランを契約したのかはわかりかねる」とのことだった。これもまた、こんなものかと思ってしばらくが過ぎた。


そして、しばらくして、東京に帰った後地元の警察から電話が来た。内容は、「道路標識の修理の見積もりを取りたいが、地元に知っている業者はいますか? レンタカー屋さんからは個人で支払うと同意したときいたけど本当ですか?」というものだった。私は今までの経緯をつぶさに話して、「レンタカー屋さんの任意保険に加入していたはずですが、、対物が外れているということでした。保険内容を確認しなかった私が悪かったかもしれないので、そういうことなら払いますと言いました」と答えた。警察の方の答えにはしばらく間があって、「それって詐欺ですかね?」という言葉が出た。私は、「そこはわかりませんが、任意保険に加入して、対物と対人は無制限と聞いていました。でも今はその契約内容が正しいかどうかは不明です」と答えた。


警察の方は「ちょっと調べますね」と言って電話を切った。それから数か月たつが、道路標識の修理代の請求の電話はかかってこない。ただ一つ言えるのは、その格安レンタカー屋さんのホームページが閉鎖され、どうやら廃業したようだという事だった。

もしかすると、任意保険、というのはそもそも嘘で、利用者から小金をせびっていたのだが、同様のことが何件かあり、今回の事で明るみになって、そのままお縄になったのかもしれないと思った。


**********


思えばいくつかの偶然が重なる、奇妙な体験だったのだが、事故を起こした際に現れたあの老爺、は、おそらく私が見た井戸の土地にいた先祖の霊とかかもしれないな、と思った。たぶん、これは虫の知らせで、この件をとおして私がネガティブな運命をたどっていればその土地を手放すことになったのだろうと思うが、わりといろいろな偶然が守ってくれたような節もあり、私自身に被害が及んだわけではないので、一応その土地を管理していきなさい、というような虫の知らせであるように思っている。

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