第7話 ある意味お似合い

「………隣国プロイセンはいくら警戒しても警戒しすぎるということはありません。かのフリードリヒ王は紛れもなく軍事的天才です。しかし外交ではテレジア様には敵わぬ様子。おそらくはそのあたりが突破口になるのではないでしょうか…………」

 およそ男女のラブレターとは思えぬ内容である。

 だがどんな美辞麗句よりもオーギュストとのこうした政治的な会話のやりとりが何よりもカロリーナの胸を震わせるのである。

「ああ、オーギュスト様……」

 頬を桃色に染め上げ手紙を大事そうに胸に押し頂く様はまさに乙女そのものだ。

 理由が乙女らしいかどうかはともかくとして。

 カロリーナの見るところオーギュストはこのところ欧州を席捲しつつある啓蒙君主を目指しているように思われる。

 しかしその手段としてリアリズムに徹しようとしているところがカロリーナには好ましかった。

 宮廷に出入りする家庭教師の中にも啓蒙主義に傾倒するものがいるが、彼らの言う人民の権利というものは非常に危険に思われるからだ。

 人間の理性が重んじられ、反比例するように盲目的であった信仰が失われていくのは時代の流れとしてやむをえない。

 とはいえ宗教の衰退はすなわち王権神授説の衰退でもあるのである。

 理性が人間のもっとも尊重すべき主体となる場合、王家の血には国家を主導すべき権威が存在しないことになってしまう。

 そうした人民主権理論は各国の王室にとって決して無視しえぬものであった。

 カロリーナの見るところ、国家というものは人民を守るために存在するものではあるが、決して人民の利益の代弁者というわけではない。

 これは矛盾するように聞こえるかもしれないが、世界が主権国家によって構成されている以上やむをえないことなのであった。

 そして国家なくして伝統も文化の存続もありえない。

 人民が今国家の擁護者となるのには、経験も知識も覚悟も足りないものとカロリーナは考えていた。

 人民は守るべき存在ではあるが、頼りとするにはいまだいささかもの足りない者たちなのだ。

 その点でオーギュストとカロリーナの意思は一致していた。

「………本当に姉様はオーギュスト殿下がお好きね」

 妹のアントーニアがすねたような目をカロリーナに向ける。

 同じ部屋で暮らしているアントーニアとしては姉をまだ見ぬ男に取られてしまったように感じられて面白くないのだろう。

 猛烈な勢いでカロリーナがフランス語やフランスの習俗を勉強し始めたことでこの優しい姉を遊ぶ時間が減ったこともアントーニアの不機嫌に拍車をかけていた。

 カロリーナとしてはアントーニアがオーギュストによい印象を抱かないことに関しては不利益にはならないので放置しているのだが。

「………アントーニアもいずれは嫁ぐのですから心構えを怠ってはなりませんよ。もうしばらくはそのままでいても構わないですけれど」

 優しく姉に髪を撫でられてアントーニアは猫のように目を細めた。

 姉の胸に抱かれて頭を撫でられるのはことのほかアントーニアのお気に入りであった。

 幸いなことにそんなとき姉がどんな邪笑を浮かべていたか、アントーニアは生涯知ることはなかったのである。



 その年の1767年カロリーナの姉マリア・ヨーゼファが病死した。

 ナポリ王の婚約者でもあったヨーゼファの病死は当然のことながら王室間の約定に従い早急に代役を立てなければならないことは明らかであった。

 しかしカロリーナとオーギュストとの手紙のやり取りを承知していた女帝マリア・テレジアは二人の仲を裂くような真似をするつもりは毛頭ない。

 一時は帝国の衰亡を招きながらもフランツとの恋愛結婚を達成した彼女がそんなことを承知するはずがなかったのだ。

 ナポリ王フェルディナンドとマリア・アントーニアとの婚約が発表されたのはそれからすぐのことであった。


―――――計算どおり!


 カロリーナが新世界の神のような微笑を浮かべたかどうかは誰も知らない。
























そのころオーギュストはどうしていたかというと…………。












「………麻酔とかないのか?ありえん………」








「どうか我慢下さいませ殿下。そう長い時間はかかりませぬゆえ………」












包茎手術の真っ最中であったという。
















欧州には割礼の習慣がなかったために包茎の人口比率は他国に比べて高いのだが、オーギュストのような真性の包茎の場合は皮が剥けようとするたびに




激痛が走るため性行為の障害となる事例が少なくなかった。




またそれだけではなく男根が剥けていないことで女性に対する過度のコンプレックスを感じることも忘れることはできない。




そうした精神的ストレスと身体的な障害がかつてルイ16世をして性的不能状態へと追いやっていたのかもしれなかった。




同じ過ちを繰り返すことはできない以上、ここで思い切って手術すべきだと思ったのだが………。








「痛いっ!痛いっ!痛すぎるぅぅ!!」








手術など麻酔中に気がついたら終わっているものという感覚が抜けていなかった私にとって股間に感じる激痛は拷問以外の何物でもなかった。




よく考えたらジャポネで華岡青洲が「通仙散」による全身麻酔手術を行うのが1804年、ウィリアム・クラークがジエチルエーテルの麻酔手術に成功するのはなんと




1842年の話である。




この時代に麻酔効果を得ようとすれば阿片をはじめとする麻薬以外にはない。








(し、しかしフランス男子たるもの。不能などというレッテルを貼られて生きている価値があろうか!)








男の尊厳と欲求を満たすためならば地獄の拷問すら耐え切ってみせる!




正直オーギュストの肉体年齢に引きずられたのか私も往時のみなぎる性欲をもてあましかけていた。




嫁も作戦どおりほぼカロリーナで決まりという現状では、なおさらこのまま捨て置けない問題であったのだ。








それに即位してからでは遅すぎるという問題もある。




フランス国王がユダヤ人の真似をするというのは決して外聞のよい話ではないからだ。




下手に教皇庁あたりに騒がれると国内求心力の失墜にも繋がりかねない。




どうせ痛い思いをするのなら問題の少ない今のうちにという判断は間違ってはいないだろう。








少なくとも、とりあえずこの世界のルイ16世は新妻に6年もの空閨を抱かせるようなことはせずに済みそうであった…………。




























1768年も春を迎えると王太子オーギュストのベリー公領は様々な噂の中心地と化しつつあった。




1766年に代官に就任したテュルゴーは苦心のすえ領内の区画整理を断行し、さらに余剰作物としてジャガイモの栽培を奨励していた。




また四輪農法を推進するため家畜の取得のために公金で低利の資金貸付も行っている。




そうした各種の政策が徐々に実を結びはじめ、ベリー公領の領民からは王太子とテュルゴーに対する感謝の声が溢れ始めていたのである。








なかでも好評であったのが公領内の通行料の全廃と、道路整備、排水施設と汚物処理制度の新設であった。




同じフランス国内であっても各貴族領の通行に関しては通行料が徴収されるのが一般的であったのだが、自由貿易主義者でもあるテュルゴーは頑としてそれを認めようとはしなかった。




現在のベリー公領には流通を促すべき立派な商品があるのだから当然の措置である。




先年遂にラボアジェがアンモニアの合成に成功したため、環境汚染のひどいルブラン法ではなくソルベー法によってアルカリが製造できる目途が立ったのだ。




史実ではアンモニアを合成するのはラボアジェと親交のあったイギリスの化学者ジョゼフ・プリストーリーであったが、さすが窒素が元素であることを発見したラボアジェだけあってわずかなヒントを




与えただけでアンモニアの合成に成功してくれた。




といっても実験の検証まで丸一年以上はかかったし、ハーバー・ボッシュ法が使えないのでまだまだ量産には問題を残しているのだがそれはやむを得まい。




それに本来1804年にニコラ・アベールが発表するはずであった加熱殺菌と密封の瓶詰めを先行して開発したためベリー公領は時ならぬ輸出ラッシュに沸いているのである。




おかげで重税下の庶民でもわずかながら余剰を蓄えることが可能になりつつある。




その大半は領内に設置された無料教育機関に子供を通わせ、将来の官僚を目指させるというのが流行であるらしかった。




農業生産力の拡充も順調である。




汚物を有機肥料にするために領内の各所には公共トイレが設置され、職のない人間たちがその回収と処理にあたっていた。




雇用問題が改善され安価に肥料が手に入るのだから庶民にとってこんなありがたいことはない。




もっとも領内にオーギュストがいたならこう言ったであろう。








―――――庶民が汚物を道路に捨てなくなったのが一番の実績だ、と。








彼らも汚物に塗れて暮らしたかったわけではない。




汚物のない生活に慣れるにしたがって、不可逆的に彼らはもはや過去の汚い生活には戻れなくなろうとしていたのである。




さらにロマを報酬を与えて街の清掃人としたことでベリー公領は劇的に公衆衛生が改善されつつあった。




コレラをはじめとする伝染病が今後ベリー領内で減少することは、おそらくこれからの十年が証明してくれるのに違いなかった。




これには副次的にロマを行政機構に取り込むことによる治安の改善までが含まれる。




庶民の支持が集まるのはむしろ当然であった。
















テュルゴーと綿密な打ち合わせを繰り返しつつ、これらの画期的な政策を推進してきたオーギュストがどうしているかというと……………。




















「せめて私の私室から廊下までだけでも毎日………出来れば午前午後の2回は掃除してくれ。それと汚物を花壇や噴水に捨てるのは止めろ。庭を区画して穴を掘って埋めるんだ」








所詮は自らが主ではないヴェルサイユ宮殿の哀しさ。




領内が着々と清潔さを取り戻していくなかで、オーギュストは今もなお汚物と格闘することを余儀なくされていたのである。




全く笑えないことこのうえない話であった。








「香水とは香りを楽しむものであって悪臭を紛らわすためのものではないんだ………どうしてそれがわからんっ!!……来年はひとつデュ・バリー夫人あたりを動かしてみるか」








来年になればデュ・バリー子爵から夫人がルイ15世に紹介されるはずである。




宮廷の寵姫として美を求める夫人であればあるいは宮廷の改善に興味を示してくれるかもしれなかった。




宮廷の婦人方が美化運動に賛同してくれればヴェルサイユ生活改善計画も、もう少し進展してくれるのであろうが…………。








おそらくは来年の1769年にはオーストリアからカロリーナが輿入れしてくることは確実であった。




それまでにはせめて最低限の改善を果たしておきたい。




妻として人生を共にする女性とは、清潔な居住空間で暮らしたいというのが私の偽らざる本心だった。




そして妻が清潔さを求める思想を共有してくれるなら、こんなうれしいことはない。








「………って、掃除したそばから廊下で用をたすな!ええいっ!痰を吐くなあっ!!」








ベリー公領の繁栄とは裏腹に、ヴェルサイユ生活改善計画はまだまだ難航が予想されるようであった…………。




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