第6話 魔王、初めてのフェス。
その日の朝もいつものように女神の声が聞こえてきたが、その声はいつもと少し違っていた。
「さいき~ん、ガチャの調子が悪いと思っていませんかぁ?」
「……うるさい」
「さいき~ん、最低保証ばかりで悩んでいませんかぁ?」
「だからうるさい。なんなんだ」
女神の声が早朝から頭に響き渡り、カイルはいつものように不機嫌な顔で目覚めた。
「そんなあなたに朗報で~す。今日から月末フェスが開催されま~す」
「……フェス?」
一体なんだそれは、とカイルは頭に疑問符を浮かべながら、ああ、そう言えばガチャが何なのかをこいつに聞くつもりだったな、と思い出した。
「おい、ガチャと言うのは一体」
「なんと! フェス期間中はSSR確率が二倍になりま~す」
「おい、話を」
「しかもフェス限定SSRもありま~す。では、さっそく回して見ましょ~」
「おい、だから俺の話を」
やはりいつも通り女神は全く話を聞かずに勝手に話を進めてしまった。
「は~い。今日は数日ぶりのSSRがでましたぁ。さてさて、何個あるのかなぁ」
いつも通り祭壇に虹色のクリスタルが浮かび上がり、それに謎の手が触れるとクリスタルが砕け散りいろいろなアイテムに変化した。
「すご~い、二枚抜きで~す。しかも一つはフェス限定。おめでとぉ」
手に入れたのはなんだか見るからにすごそうな白い鞘の剣と神聖なオーラをまとう弓だった。
「今回はどっちもキャラ開放武器で~す」
「キャラ開放。まさか、また面倒が増えるのか!?」
「『聖輝剣レーバテイン』を手に入れたので『白騎士』が仲間になりま~す。それと『世界樹の黒弓』を手に入れたので『魔眼の射手シャルエン』が仲間になりま~す」
女神は伝えたいことだけ伝えるといつものようにさっさと念話を切ってしまった。
「……クソッ、本当になんなんだあいつは」
結局、何も聞くことができなかった。そして、仲間が増えた。
「変な奴が来るんじゃないぞ。頼むから……」
平和がいい。とにかく平和に暮らしたい。カイルはそう心の底から願いながらも、どうやらそうはならないようだった。
そんな不穏な朝を迎えたカイルは、その日も不要不急の外出をせずに家で大人しくしていることとなった。
「この機会に家の大掃除をしちゃいましょうか」
外には出られないが家の敷地内なら問題はない。カイルとミリアは家中の掃除を始めた。
「じゃあ、倉庫に掃除道具を取ってくるよ」
「……お願いね」
倉庫に掃除道具を取りに行くだけなのに、カイルを送り出すミリアは何やら意味深な様子で真剣な顔をしていた。いつもとはどこか様子がおかしいが、カイルには全く心当たりがない。
「調子でも悪いのか? 今日はゆっくりと休んでもらうか」
生きていれば体調が悪い時もあるだろう、と推察したカイルは今日一日でもゆっくりできるように、大掃除は一人でやろうと心に決め倉庫へと向かった。
「……ここも掃除したほうがいいな」
倉庫に辿り着き扉を開けるたカイルは中を見て顔をしかめる。物が置かれ埃っぽい倉庫の中も掃除しなければならないなと思うと少しばかり気が重かった。
「さて、掃除道具はっと……。なんだ? 箱から光が」
掃除道具を持って行こうとしカイルは倉庫の奥の方に置かれた大きな木箱に気が付いた。というのもその木箱の隙間から光が漏れ出していたからだ。
「あんな箱……。どうでもいいか」
気にしないほうがいい。何か嫌な予感がする。面倒事と厄介事と平和を乱す騒動の予感だ。
しかし、カイルが避けようとしても避けられないのだ。
「な、なんだ。なんで剣が」
さあ、無視して戻ろう、とカイルが倉庫を出ようとした時だった。収納していたはずの剣、今朝ガチャで手に入れた白い鞘の剣がカイルの目の前に突然現れたのだ。
そして、その剣が光を放つ箱に呼応するように光り始めた。
「……カイル」
振り返る。
「か、母さん」
振り返るとミリアがいた。
「あ、あの、これは」
「あなたがどうしてそれを持っているのかは問わないわ。私も、黙っていたのだから」
「は、はあ? 何のことを」
ミリアがカイルの脇を通り倉庫の中に入る。そして、光を放つ木箱のふたを開けた。
すると木箱の中から何かが飛び出し、その何かがミリアの体を包み込んだ。
ミリアの体を包み込んだ物。それは白く輝く全身鎧だった。
「か、母さん?」
「これが本当の姿なの。黙っていてごめんなさいね」
真っ白なフルプレートの全身鎧を身にまとったミリアの元に白い剣、聖輝剣レーバテインが飛んでいく。ミリアはそれを右手で掴むと鞘から剣を抜き放ち目の前に掲げた。
「やっぱり、本物ね」
ミリアはじっくりとレーバテインを眺め、それから丁寧に鞘に納め腰に下げると兜を外してカイルの方へ顔を向けた。
「か、母さん。あなたは、一体」
「白騎士ミリアルデ・オール・グランセリア。それが私の本当の名前よ」
白騎士。今、ミリアは確かに白騎士と言った。
(母さんが白騎士!? 冗談もほどほどにしろ!)
とカイルは心の中で叫ぶが、目の前には現実がある。どんなに否定しても眼前には真っ白い鎧に身を包んだミリアがいるのだ。
「私は神王八天衆の一人。まあ、もう引退したつもりだから元だけれどね」
神王八天衆。まったく聞いたことがない集団の名前だが、ミリアは冗談でもふざけているわけでもなさそうだ。
そして、あの女神が言っていることが本当なら次の仲間は白騎士。つまりはミリアと言うことになる。
「えっと、その、あの。理解が追い付いて」
「そうね。でも、ゆっくり話をしている暇はなさそう」
ミリアの剣の柄にをかけて身構えた次の瞬間、家の倉庫が吹き飛んだ。
「相変わらず派手ね、シャルエン」
間一髪のところでカイルを抱えて外に飛び出たミリアは鋭い眼光を上空へと向ける。するとその視線の先遥か彼方にはは弓を構える小さな人影があった。
「カイル。私から離れないでね」
ミリアは兜を被りなおす。二人のところへ何かが飛来する。
「シィッ!」
閃光が走り何かが地面に落ちた。ミリアが抜刀し何かを叩き落としたのだ。
「矢? まさか……」
叩き落されたのは一本の矢だった。そう、矢だ。
矢、ということは相手は弓を使っているのだろう。そして、先ほどミリアはシャルエンと言う名前を呼んでいた。
それは、つまり。
「後ろに隠れていなさいね、危ないから」
ミリアは剣を構える。カイルはミリアの背後から空を見上げる。
「な、なんだ、あれは!?」
何かが飛んでくる。無数の、数えきれない何かがこちらに飛んでくる。
それは矢だった。そう、カイルたちのところへ青い空から雨のように矢が降り注いできたのだ。
「か、母さん」
「大丈夫よ、お母さんに任せなさい」
優しい声だった。子供を気遣い安心させるようないつもの優しいミリアの声だ。
だが、その見た目は違った。白い鎧を身にまとったミリアは降り注いでくる矢を次々と叩き落していった。
「クソッ、あの女神め。あいつのせいで無茶苦茶だ」
女神、そう全て女神が悪い。女神がガチャなんて引かせなければ、いや、勝手にひかなければこんなことにはならなかったのだ。とカイルは心の中で毒づきながらミリアの後ろで頭を抱えて身を縮めるのだった。
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