第3話 魔王、仲間を得る
村に異変が起こったのは女神にガチャだ何だと叩き起こされたその日の午後のことだった。村の近くの森に凶暴な魔物が現れたのだ。
「そんな、この村の周りには魔物は少ないはずなのに」
「どうしてあんな魔物が……」
村は大騒ぎとなっていた。村人たちは数日後に行われる成人の儀式の準備を行っていたのだが、それを中断しての大騒ぎだ。
村の広場に村人が集まっている。カイルとミリアも呼び出され、その集まりに加わっていた。
「カイル」
「大丈夫だよ、母さん。森には行かないから」
ミリアは心配そうな顔をしている。
(無理もない。この15年、魔物騒ぎなんて一度もなかったからな)
本当に平和な15年間だった。戦争もなく魔物の襲撃もなかった。
おそらくそれは普通のことではないのだろう。この世界では魔物の襲撃は当たり前のことだし、戦争はいつも世界のどこかで起こっている。ただ、今まで運よくそれに出くわさなかっただけのことだ。
「しかし、なんで今……。あの女神の仕業か?」
もしかしたらあの女神が魔物を呼び寄せたのかとカイルは考えた。あの女神なら有り得るのでは、と。
(いや、そんなことはどうでもいいか。それよりも今は俺と母さんの身の安全の確保だ)
凶暴な魔物が森に現れた。しかし、今のカイルには戦う力はない。
以前、前世だったらどうにかできただろう。カイルが魔王だった時ならば魔物の一匹や二匹どうとでもなったはずだ。
「……私が出たほうがいいかしら」
「……ん?」
ミリアが何かぼそりと言ったような気がするが、カイルはよく聞き取れなかった。
「母さん?」
「怖いわねぇ。しばらくは家から出ないほうがいいかもしれないわ」
ミリアが何か言ったような気がするが、気のせいだったのだろう。一瞬、ミリアの眼光がものすごく鋭くなったような気がするが、おそらくは気のせいだ。
集められた村人たちは口々に声を上げ、これからのことを話し合った。しかし、考えはまとまらず、次第に声が大きくなりケンカが始まりそうな雰囲気になっていった。
その時だ。そいつが現れた。
「困っているようねぇ」
集まった村人たちは声の方に顔を向ける。そこにはツバの広い大きな三角帽子を被った露出の多い真っ黒な衣服の、メガネを掛けたいかにも魔法使いと言う風貌の女がいた。
「あ、あなたは」
「私は暗黒大魔導士セリアリア」
「セリアリア!?」
「あの有名な暗黒大魔導士の!」
村人たちは歓声を上げた。助かったと安堵の息を漏らす者もいた。
そんな中、カイルだけが違った。
「セリアリア、だとぉ?」
暗黒大魔導士セリアリア。その名前は今朝聞いたばかりの名前だ。
(あのクソ女神! 一体何をしたんだ!)
今朝のことが蘇る。
『暗黒大魔導士セリアリアが仲間になりま~す』
仲間になる。あの女神ははっきりとそう言っていた。
(絶っっっっっ対にイヤだ! こんな奴を仲間にしたら平和でいられるわけがない!)
暗黒大魔導士セリアリア。そいつは見るからに魔法使いで、見るからに変わり者っぽい雰囲気をしていた。なにせ自分で暗黒大魔導士を名乗るような人間だ。普通の思考をしているわけがない。
「さあ、私が来たからにはもう大丈夫。まあ、報酬次第だけど」
セリアリアは広場にいる村長の前に歩み出るとニンマリと笑いながら村長を見下ろす。
「ほ、報酬とは、いかほど」
「そうねぇ。この村を貰おうかしら」
「なっ」
「そんな無茶苦茶な!」
法外な要求に村人たちは口々に声を上げセリアリアを非難する。だが、セリアリアはそんなものなど意に介していないようで涼しい顔をしていた。
「あ~ら、いいのよ? 別にこの村がどうなっても、私は」
その言葉を聞いた村人たちはグッと押し黙る。
「まあ、こんな小さな村欲しくもないけど」
そう言うとセリアリアは村人たちをなめまわすように見渡す。
「若い子を何人かちょうだい」
「い、一体何をするおつもりで」
「い・い・こ・と」
セリアリアはペロリと舌なめずりをする。どうやらロクでもないことを考えているようだ。
「とりあえず、そこのあなた。あなたがいいわ」
セリアリアはそう言うとセイルのほうを指さした。
「イヤだ、断る、帰れ」
「あーら、そんなこと言っていいのぉ? この村が滅んでも」
セリアリアはツカツカと足音を鳴らしてカイルに歩み寄り、イヤらしい目でカイルを見下ろした。
「とーっても美味しそう」
「気持ち悪い目で俺を見るな。くたばれ」
こんな奴のいいなりになりたくない。とカイルは心の底からそう思った。そして、絶対にこんな奴を仲間にしたくないとも思った。
(俺は平和に暮らしたいんだ。ただ、平和に)
そう、平和が脅かされそうになっている。というか脅かされている。
「グボオオオオオオオオオオオオン!!」
森の方から恐ろしい叫び声が聞こえてくる。おそらく森に現れた恐ろしい魔物の鳴き声だ。
「さあ、どうするの? 私の物になるの? ならないの?」
カイルは考える。
(こいつの実力はわからない。しかし、今頼れるのはこいつしかいない。さて、どうする。なにか報酬になりそうなものは……)
仕事をするのだから報酬をくれと言うのは正当な要求だ。果たした仕事に対してそれ相応の物を渡さなければならない。
「……あれを渡してみるか」
そう呟くとカイルはセリアリアを見上げる。
「渡したい物がある。ついて来い」
「あら、なあに? 人気のないところに連れ込んでイヤらしいことでも」
「するか阿呆。いいから来い」
カイルはセリアリアに背を向けて歩き出す。その背をしばらく眺めていたセリアリアは黙ってカイルについていった。
そして二人は近くの家の裏手に来るとカイルはある物を取り出した。
「収納魔法? あなた魔法使いなの?」
「そんなことはどうでもいい。それよりこれだ」
何もない場所に手を突っ込んで何かを取り出したカイルはそれをセリアリアに差し出す。
「報酬、これでどうだ?」
「こ、これは!?」
セリアリアはそれ見て驚愕し目を見開いた。
「ぐ、グリモワール!? 厳重に封印されているはずの魔導書がどうして」
セリアリアの声は震えていた。声だけでなく手も脚も震えていた。
「本物ではない、レプリカだ」
「れ、レプリカ!? いや、そんな、この力、この波動は、本物としか」
「完全複製写本らしい。で、報酬はこれでいいか?」
セリアリアは震える手でグリモワール・レプリカを手に取る。
「あ、あなたは。いいえ、あなた様は一体」
「うるさい。これでいいのかと聞いているんだ」
カイルの問いかけにセリアリアは激しく何度もうなずく。どうやらこれでいいらしい。
「なら、さっさと魔物を倒して来い」
「は、はいっ!」
セリアリアはグリモワール・レプリカを両手で抱きしめると深々と頭を下げてから駆け足で森に向かって行った。
そして、彼女は日が暮れる前に巨大な魔物の死体と共に村に戻って来た。
「やった! やったぞおおおおおお!」
「助かった、助かったんだ……」
こうして村に突如として発生した魔物騒ぎは終結したのだった。
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