第2話 魔王、転生す。
小さな村に一人の少年がいた。青みのかかった灰色の髪と青い瞳の少年だ。
15歳。その少年はその日、15歳の誕生日を迎えた。
「おめでとう、カイル」
「ありがとう、母さん」
カイル。少年の名はカイルと言う。彼は母親と二人暮らしで、15歳を迎えたその日の夕食時、カイルと母親のミリアは二人だけのささやかな誕生日パーティを催していた。
「今日からカイルも大人の仲間入りね」
「そうだね。でも、まだまだだよ。もっとしっかりしないと」
「そんなことないわ。カイルはとってもしっかりしてる。いつも助けられて感謝してるのよ」
「ありがとう、母さん。そう言ってもらえると、嬉しいよ」
その国の成人の年齢は15歳である。その日、カイル少年は大人の仲間となったわけだ。
平和な15年間だった。母と子の二人暮らしで裕福ではないし苦労も絶えなかったが、それでも平和に心穏やかに暮らすことができた。
「これからもずっと一緒だよ」
「ダメよ。ずっと一緒なんて。大人なんだから」
「母さんを一人にしてはいけないよ」
「それでもよ。私のことはいいから、あなたはあなたの人生を歩むの」
ミリアはしみじみと少し寂しそうに慈愛に満ちた目でカイルを見つめている。カイルもそんな母を前にして穏やかにほほ笑んでいる。
幸せだった。たった二人の家族だが不幸などはどこにもなかった。
「よくわからないまま転生したが。良い人生じゃないか」
カイルはぼそりとそんなことを呟く。
「なあに?」
「別に。それより食べよう。冷めたら美味しくないよ」
「そうね、いただきましょうか」
二人は目の前にあるごちそうに目を移す。テーブルには大きなハンバーグと具のたっぷり入った野菜のスープなどいつもよりもたくさんの料理が並んでいた。
平和な時間だった。こんな時間がいつまでも続けばいいとカイルは本気でそう思っていた。
そう思いながらカイルはふとミリアを眺める。
「ねえ、母さん。父さんって、どんな人だったの?」
カイルはミリアを眺める。色素の薄いオレンジブラウンの艶のある長い髪、ブラウンの瞳、肌は白く、15歳の子供がいるとは思えないほどに若々しい母親の姿を見つめる。
「どうしたの?」
「いや、俺は父さん似なのかなって、思ってさ」
似ていない。カイルはミリアに似ていない。髪の色も目の色も顔立ちもまったく似ていないのだ。
「そうね、お父さんに似ているのかも」
そう言ってミリアは笑顔を浮かべた。その笑顔は笑っているはずなのにどこか威圧感があり、カイルは自分の父親についてのことをそれ以上追及することができなかった。
(まあ、いいか。母さんが母さんには違いないんだ)
幼い頃の記憶はない。一番最初の記憶は母親の笑顔だ。優しい笑顔でカイルの顔を覗き込むミリアの姿がこの人生での最初の記憶である。
その記憶は3歳頃の記憶だ。それ以前のカイルとしての記憶は残っていない。
だが、それ以前の記憶は残っている。自分が魔王だった時の記憶ははっきりと。
(平和だ。あの時とは比べ物にならないほど……)
カイルは料理を口にしながら今の平和をしみじみと噛みしめる。このままずっと、ずっと、ずっと平和に暮らしていけたら心の底からそう願う。
「おやすみなさい、母さん」
食事を終え、料理の片づけを母と共に終えたカイルは体を拭いてから就寝するために部屋へと戻った。
今日は特別は日だった。しかし明日は普通の日だ。日常だ。変わらない、何の変哲もない、いつもの日常。
日常が。
「5時になりました~」
突然頭の中に響いた声でカイルは目を覚まして飛び起きる。
その声は聞き覚えのある声だった。
「女神か。貴様、今頃なにを」
姿は見えない。だが、確かにあの女神の声だ。
「ガチャが回せますよぉ。さあさあ、回してみてぇ」
「話を聞け! お前は今頃何をしに」
「何ってぇ、15歳になったでしょぉ?」
「だからなんだ?」
「だから? ……あっ、そっかぁ。忘れてたわぁ」
女神は何かを思い出したようだ。
「ガチャはねぇ、15歳になってから回せるのよぉ」
「15歳? それに何の意味が」
「参考にしたゲームの対象年齢が15歳以上だったからよぉ」
「……何を訳の分からんことを」
本当に訳が分からない。そして相変わらず女神は自分勝手で人の話を聞かないらしい。
「さあさあ、早く回してみてねぇ」
女神がそう言うとカイルの目の前に何かが現れる。それは青色をしたボタンのような物だった。
「ささ、押して押して」
「……イヤだ」
女神は青いボタンを押せという。しかし、カイルは拒否する。
なんだか嫌な予感がする。このボタンを押せば、何かとんでもないことが起こるような。
「じゃあ、私が押しま~す」
「おい! 勝手なことを」
「え~い」
何もないところから現れた手が青いボタンを押した。
すると目の前に祭壇の様なものが現れた。
「すご~い! さっそくSSR確定ぃ」
祭壇のような物の上に虹色の輝きを放つクリスタルの様なものが浮かんでいた。
「さ、それを触ってみて」
「絶対にイヤだ」
「じゃあ私が触りま~す」
「おいだから勝手に」
先ほど現れた謎の手が虹色のクリスタルに触れる。するとそのクリスタルが砕け、何やらいろいろな物が現れた。
「……『グリモワール・レプリカ』? なんだこれは?」
クリスタルが砕けて十個のアイテムが現れた。そのアイテムのほとんどは回復薬や短剣などだったが、その中に明らかに異彩を放つ黒く分厚い本が一冊存在していた。
その分厚い本を手に取ってカイルはじっくりとそれを眺める。
「それはこの世界の三大魔導書の一冊『グリモワール』の完全複製写本よぉ」
現れたアイテムたちがどこかへと消えていく。どうやら魔法か何かで収納されたようで、グリモワール・レプリカもカイルの手の中にはなかった。
「で、それがなんなんだ?」
「これを手に入れたことによりぃ、暗黒大魔導士セリアリアが仲間になりま~す」
「……は?」
意味が分からない。まったく意味が。
「それじゃあまた明日ぁ。そうそう朝の5時にガチャが更新されるから忘れないでねぇ」
「おい待て女神! 一体なんのこと……。クソッ、切りやがった」
カイルは頭の中で何度も女神に呼びかけるが全く返事が返ってこない。どうやら女神は一方的に念話を切ったようで、その日は何度良いかけても念話は繋がることがなかった。
「ガチャ? 仲間? なんなんだ一体……」
何が起こっているのかさっぱりわからない。しかし、何かものすごく面倒なことが起こっていることはわかる。
そう、とてつもなく面倒な厄介事がカイルの平和な日常を脅かそうとしていた。
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