彼女ができても引きこもり
春山 隼也
彼女ができても引きこもり
もうこんな時間か。
午後3時。
流石に起きるか。
眠い目を擦りながら階段を下りる。
台所で軽食をとるのが日課だ。
台所では、母が水音をたてて食器を洗っていた。
なんかないか?
冷蔵庫を漁る。
「良介」
母が俺を呼んだ。
冷蔵庫を漁りながら、う~んと唸るような返事をする。
「おはよう」
「勉強とか大丈夫なの?」
大丈夫じゃない。
「学校、行った方がいいんじゃないの?」
行った方がいい、そのくらいは分かっているつもりだ。
俺は毎回唸り返事をした。
俺は食べるものを見つけそのまま自室へ向かった。
扉を閉め、寝転がる。
学校か。もうしばらく行っていない。
いじめられたとか、表だって特に嫌なことがある訳じゃない。
行きたいけどいけない訳じゃない。行きたくない。
行かなきゃ受験だって厳しくなる。
けど行こうと思えない。
しばらくゴロゴロしていると呼び鈴が鳴った。
きたきた。
俺は玄関の戸を開けた。
見慣れた顔の友人が手を振る。
こいつは中学からの友達で、いつも俺の家に色々なプリント類やら課題やらを持ってきてくれている。
「ありがと」
「おう」
それと、毎日学校での笑える話とか、部活の苦労話とか、先生がおかしいとか、楽しい話を色々してくれる。
俺はというとただただ相槌を打つだけだ。
なにせ毎日違うことといえば、ゲームのイベントとか、配信サイトがとか、そのくらいしか変化がないから、特に話すこともない。
楽しそうに話しているのを見ていると、少しだけ羨ましいって思う。
「それじゃあ、俺はそろそろ帰るわ」
一言だけ返事をして頷く。
「じゃ、みんな待ってるから、気が向いたら来いよ」
そう言って帰っていった。
俺は手を振る。
みんな待ってるから、か。
俺なんかを待ってくれている人が果たしているのだろうか。
そう思ってしまう。
玄関先で少し考えていると、不意に名前を呼ばれた。
「あ、
俺の彼女だ。
正直友達みたいなもんで、彼女かどうかも怪しい。
なんで俺なんかのことを好きになったのかもわからない。
俺に好きになる要素なんかあるのかとも思う。
でも一応お互いに気持ちを打ち明けた仲だ。
俺にはもったいないくらいだ。
「良介、大丈夫?」
「ん?」
「ん? ってなんか難しそうな顔してるから」
そんな顔をしていたのか。
「ちょっと悩ましくてさ」
「そっか」
茜ともちょっとだけ話す。
いつもは家によってけど、どうやら課題が多めに出たらしい。
「じゃあね」
「うん、また明日」
茜に手を振り見送る。
見えなくなってから家に戻った。
課題か。
勝手に少し距離を感じる。
彼女だけは俺の心に寄り添ってくれていた気がするから。
ちょっとだけ悩んで、ゲームをした。
「ただいま」
一階から声が響く。
どうやら父さんが帰ってきたようだ。
すかさず母さんの俺を呼ぶ声。
晩御飯だ。
一階へ降り、食卓に座った。
最近の食卓は静かだ。
紛れもなく俺のせいだと思う。
「良介、いつまでそうしているつもりなんだ?」
別に怒ってはいない。ただ、言葉が心に重くのしかかる。
聞かれても答えは出ない。
黙ったまま箸を動かす。
「なんで行かないんだ?」
わからない。行きたくないから。
それだけしか。
「じゃあ、どうするんだ?」
それもわからない。
この先とか、その前に毎日がわからない。
「ごちそうさま」
その一言だけ残して、自室へ戻った。
寝転がってまた考える。
やっぱりみんな学校に行ったほうがいいって思ってる。
それは俺も分かる。
勉強しなければきっと苦労する。
でも行きたくない。
そう思うのは間違っているのかな。
理由も分からないし、どうすれば……。
ふあ~あ、眠い。
まぶたが重くなってくる。
俺は急いで電気を消した。
あ。
もうこんな時間か。
午後3時。
いつも通り軽食をとる。
「良介おはよう」
……。
いつも通り母は俺に話しかけた。
いつも通りあいつが来た。
茜ももうすぐ来る。
いつもいつも俺の家で遊んでた。
一緒にどこかへ出かけたのだってほとんどない。
「なにかしてあげたいな」
気持ちとは裏腹に、そんな時間もお金もない。
どうしよう。
あれこれ考えてる間に茜が来た。
「良介、また難しい顔してる」
「あはは、ごめん」
「別に謝らなくても……」
「いや、ごめん。ちょっと来て」
俺は茜の手を握った。
「え、ちょ、どうしたの?」
慌てる茜を横目に俺はそのまま手を引いた。
「いいからついてきて」
ヤバい、手を繋いだのなんか久しぶりすぎて。
茜の顔を見ると、目を逸らされた。
なんかごめん。
俺たちは沈黙のまま、歩いた。
やっと着いた。
「ここ」
「なんだ。びっくりしたよ」
茜とまともに目を合わせられない。
気まずい。
ひとまずブランコにでも。
「お隣失礼します」
茜も隣に腰かけた。
「ね、良介」
「ん?」
「どうしてここに連れてきたの?」
俺は唸る。
「あ~、別に答えづらいならいいんだけど」
「いや、言うよ」
「そう?」
俺は頷き、訳を話した。
「そっか」
茜は微笑んでいるようだった。
「あのさ、良介」
俺は小さく返事した。
「私、良介のこと好き、だよ?」
急に何を言うかと思えば、不意打ちすぎる!
「え、えっと、俺も好き」
なにそれと茜は笑う。
「でも、ありがとう」
視線を前に戻しながら尋ねる。
「茜はさ、なんで俺のこと好きなの?」
茜はちょっと考えるような仕草をした。
「わかんない」
へっ? と口から抜けた声が出る。
じゃあ良介は? と茜は尋ねる。
「俺は、こんな俺のことを好きだって言ってくれるからかな」
ふ~ん。と言う茜。
「なんだよ」
「それじゃあ私以外の誰かが良介を好きって言ってきたら、好きになっちゃうの?」
「あ、確かに」
「あ、確かにじゃないよ」
茜は頬を膨らませた。
「ごめん」
いいよ、別に。と言いながらブランコを降りる茜。
「あのね、私にも良介の好きなところあるよ。でもさ、言っちゃったらそれ以外の所は好きじゃないのかって、思っちゃわない?」
確かに、と頷く。
「だからさ、ここが好きってところがあってもさ、私は言わないほうがいいと思う。だってそれだけじゃないから。私は良介だから好きだって思うから」
俺も茜が好き。と恥ずかしながらそう言った。
お礼を言う茜と俺。
「良介」
「ん?」
「ありがとう」
彼女ができても引きこもり 春山 隼也 @kyomu_hy10
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます