第51話

 執事の隆が先導し、ミカと共に元の世界へ戻る。


 目を醒ますと、大きなベッドにいた。掛け物は銀のシルク。それを乱暴に横に跳ね除けた。室内は20畳ほどあり、高価なアンティーク調の置き物が並んでいる。テラスを開ければ、25mのプールがある。時刻は午前6時。


「はぁー、今日も退屈な日々が始まってしまいますわ」


 コンコンとドアを叩く音。


「隆です、お嬢様お目覚めでしょうか」


「あ、たっく……いや、隆。目は醒めております。メイドを中へ入れて身支度をお願いしますわ」


 あれ、何かおかしい? 前にも同じこと言ったような?


 隆が軽く頭を下げて扉を開けると、メイドたちが静かに入室し、手際よくミカの身支度を始める。鏡台の前に座らされ、髪を整えられている間も、ミカの胸には奇妙な違和感が渦巻いていた。


「隆、なんだか妙な感覚がしますのよ。まるで、私、この光景を何度も経験しているような……」


 隆は静かにメイドたちを下がらせた後、少しだけ厳かな声で答えた。

 

「お嬢様、その感覚…以前にもお話ししたことがございますが、何やら私も違和感を感じます。何だが、同じ世界、同じ一日を繰り返しているような……」


 ミカは彼の言葉に眉をひそめ、考え込んだ。

 

「時空の歪み? 何だが面白い気がする」


「非現実的ではありますが、あながち間違いではないかと。お嬢様が元の世界へ戻られる際、わずかな異常が発生した可能性がございます。それがループを引き起こしているのかもしれません」


「つまり、私は…何度もこの退屈な日々を繰り返す羽目になっていると?」


 隆は少し沈黙してから、静かに頷いた。

「ですが、解決策がないわけではありません。このループには必ず“鍵”となる出来事が存在します。それを見つけ、乗り越えることで、この現象を終わらせることができるでしょう」


 ミカは大きく息をつき、鏡の中の自分をじっと見つめた。

「その鍵がどこにあるのか、全く見当もつきませんわ」


 隆は一歩前に出て、穏やかだが力強い声で言った。

 

「ヒントはお嬢様の日常の中に隠されている可能性が高いかと。繰り返される中で、普段は見過ごしている出来事や人物を注意深く観察することが重要です」


 その瞬間、ミカの頭に閃きがよぎった。昨日の午後に庭園を散歩しているとき、妙なメイドを見かけたことを思い出した。怪しげな女は、ミカの目をじっと見つめ、低く唸るような声を上げていた。


「たっくん、あの新人メイド…庭で見たような。確か今井さん。もしかして、その人が何か関係しているのではなくて?」


 隆の表情が一瞬だけ険しくなった。

 

「今井さん、ですか……? お嬢様、それは重要な手がかりかもしれません」


「わかったわ。今日も同じ時間に庭に行きます。そしてあのメイドの正体を確かめますわ」


 その時、遠くから時計の鐘が鳴る音が聞こえた。6時30分を告げる音。途切れるその音は、妙に耳に残る響きを伴っていた。


 隆は冷静を装いながらも、どこか焦りの色を滲ませて言った。

「この世界には、隠された危険もありそうですね。油断しないで行きましょう」


ミカは微笑みながら、鏡越しに隆を見た。

 

「心配無用ですわ。たっくんがいれば、きっと何とかなりますもの」


 そして、彼女は立ち上がり、ドレスを整えながら静かに決意を固めた。「さあ、ループを抜け出す方法を見つけに行きましょう」と行動を開始した。


 続く静かな朝に、何かが大きく動き始める予感が漂っていた。

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