第43話

 イリは一歩引いて姿勢を整え、眉間に軽く皺を寄せた。彼女の動きにはまだ余裕があり、その蹴りの鋭さからは「本気」には程遠い節度が感じられた。一方で、ミカの光の刃はその軌道を明確に定め、イリを一撃で仕留めるつもりであることを隠していなかった。


「面白い子ね」イリの声には微かな嘲笑が混じる。それがミカの神経を逆撫でするのは明白だった。


「やるね? 影さん」

 

 ミカの声は冷たく響き、同時に地面を蹴ってイリとの距離を詰める。彼女の動きは風を切り裂くように速く、金髪の髪が一瞬だけ宙を舞った。


 だが、イリは微動だにしない。ただ、ミカの斬撃が迫る寸前にわずかに体を傾け、その軌道を紙一重でかわした。光の刃が地面を抉り、砂煙が舞い上がる。


「危なっかしいわね。その攻撃、私の体を引き裂くつもりだったの? 全く、返り血を浴びる覚悟はある?」

 

 イリの足元がほんの一瞬だけ影を纏う。それは彼女が力を解放し始めた合図だった。

 ミカは答えない。再び刃を振り上げるが、その顔には奇妙な表情が浮かんでいた。いや、彼女の唇から、黒い液体が一筋流れ落ちていたのだ。


 イリの瞳が鋭く細められる。刃を交わすたびにミカの体内からその黒い液体がじわじわと滲み出ている。まるで毒そのもののように、地面に落ちた液体は煙を立ち上らせ、土を焦がしていた。


「あらら、随分無茶しちゃって」

 

 イリは、少しだけ間合いを取るように後退する。その表情には興味と警戒が入り混じっていた。


 ミカは血を拭うこともせず、ただイリを睨みつける。

 

「私がこの力を使う理由はただ一つ―――お前を倒すためよ!」


 言葉と同時に、彼女の光の刃に吸い込まれるようにして新たな力を与えた。刃はもはや光ではなく、不気味な漆黒のオーラを纏っている。ヒシヒシと伝わる寂しさ、殺気にイリも歓喜した。


「リスクがある攻撃? 面白いわ!」


 イリはわずかに笑みを浮かべたが、その目は冷静そのものだった。両腕の血管が浮き出る。さらなる変貌を遂げた。その姿は頭に角、両腕には水掻きを刃物にしたものがつき、下半身は強靭な体型だった。

 

「面白い。少しだけ、本気で相手をしてあげるわ。」


 彼女の体が影と共に跳躍し、空気を裂いてミカに向かう。その姿はもはや人間の域を超え、まるで空を駆ける彗星のようだった。


 戦いは激化し、二人の力がぶつかり合うたびに辺りの風景が崩壊していく。だが、イリの力が本気を出す前に、ミカがどこまで力が通用するのか―――それは、まだ誰にも分からなかった。

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