第22話

 グーンの声が小さくなる。涼の耳には風と泥の音しか聞こえない。何か言っていたようだが「興味がない」というよりそんな余裕はなかった。


 奥歯を食いしばり駆け出す、異能の力で雨粒は風に弾かれている。泥濘んだ道を外れ、少し整備された山道に出た。砂利で舗道されており、観光の散策コースと思われる。


「なんなんだよー、あんな変身ありか。とっておきの攻撃も効かないなんて」


 致命傷と思われるダメージも瞬時に修復する回復力。並の異能の力を弾き返す防御力。グーンは回復力と防御力を兼ね備えた「厄介な敵」だ。

 折れた左腕の痛みに堪え、雨の中ひたすら走り続ける。グーンと距離が開き、もう姿が見えなくなっていた。


「…(これで良かったのか..……。

もっと、攻め方を変えればいや…あの状況で戦っていたら……。本当に勝っていたか?)」


 頭の中には「痛い、勝てない、怖い」との3拍子が揃う。逃げ出す足を休めると感情が安定しない。怖くてたまらず恐怖に駆られる。「不安でおかしくなりそうだ。何が本気出すだ、あんなの反則」と愚痴が溢れる。「言い訳がましく」みっともない。


 必死に強がる自分を保とうとするが、全く感情が制御できない。フラフラになりながらも足を1歩また1歩、異能の力で走り続けている。ポツリと言葉が漏れた。


「ちくしょう、恵ごめんな。好き勝手するアイツらに制裁を与えられない、自分が不甲斐ない。ゆるせない、ぐぅ....絶対に代償を払わせてやる」


 悔しさの気持ちも溢れる。サーザスの足取りを掴むことができなかった弱い自分。悲しみを抑えたくても涙が溢れる。ヒラヒラと飾りのような左腕と欠損した右腕では、その涙を拭うことはできなかった。


 山道を暫く登ると、案内掲示板と休憩室が見えてきた。休憩室は、パイプ椅子と木で作られた机があるだけだった。パイプ椅子に深々と座り込み、荒い呼吸を整える。徐々に呼吸が静かになる。それと同じく逃げ足UP異能の効果が切れる。


「そういえば、このスキルの見た目はブーツだったか」


 •異能スキル、逃げ足UP

 ビジュアル系が履くようなブーツの形で、なぜか緑色だった。


 マントの収納ケースから青い液体が入った瓶を口で取った。顔を上向きにし、勢いよく瓶を下に叩きつけた。足元に青い魔法陣が展開された。


「ふー、これで安心だ」


 つぶやいた独り言も虚しく、敗者はマーガルへと帰還した。その様子を影達はこっそりと覗いていたことも知らずに。

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