第7話

 タールを倒した佐川。時は医療室に遡る。


 佐川はこの力について考えていた。右手で拳に力を込めると拳の波動が発生する。

 拳の力加減で、威力と大きさが調整できるかもしれない。弱い力で花瓶を殴る。


 すると、水が渦を巻いたように拡散した。このグローブは、水を拡散いや増幅機の役割を担っているかもしれない。


 机の上に灰皿を見つける。その横にはマッチ箱が置いてあった。試しに灰皿の灰をグローブで殴ると灰が前方へ弱弱しく、広がった。佐川は咳き込んだ。


 佐川はこの力は増幅機能と仮定した。


 場面はタールを倒したときに――――


 佐川は膝に両手をつき、肩で呼吸していた。すると、右手のガントレットは消えてしまった。


 突然の出来事に動揺するが、心配は気苦労に終わる。佐川の右手に紙が握られ、それを開くと元の文字が表示された。


「衝撃は、人を守り。罪には、制裁を与え。拳を飛ばすは、人に制裁を」


 不思議な力と感じたが、頭が働かない。「何か甘いものを食べたい」気分になる。

 こんなことなら、家を出る前に「冷凍庫のアイスを食べればよかった」


 家族のことが心配になり、力を振り絞る。足がガクガクと震えている。まだ高校生だ。

 意味不明な事件に巻き込まれ、錯乱せず冷静を保つ自分が怖くなった。


「早く、家族の無事を確認しない」


 あれから1時間半が経つ。「他の仲間がまだ俺を捜索している」はず。

 ぼやぼやしていられない。


 佐川の震えが止まった時、紙に文字が印字された。


「何、何、タールとは」


「文字の意味がわからない」タールの意味を考えていると、左腕が光り出した。眩しい光で目を閉じた。


 目を開けると、クロスボウが装着されていた。「ブリキのおもちゃみたいだ」

 佐川は少し考える。つまり、「タールの力が紙に吸収された」ということか。


「その力の発現条件は、言葉を口にするだな」


 クロスボウを観察するが、「矢がない」すると、紙に字が刻まれた。


「タールを知らぬ者、真の力は得られない」


 その文字はすぐに消え、クロスボウも消えてしまった。

「ガントレットは出せるのだろうか」と疑問に思い、発動条件を口にした。急な吐き気を催した。


 口から出たのは、黒い血だった。どうやら、回数制限があるようだ。

「クロスボウ、ガントレットは使えない」これ以上の戦闘は避けるべきだ。


「タールを知るぬも何も初対面で、奴のことなんぞ知るか」


 目の前にあった紙を乱暴にポケットへ入れた。サーザスみたいに指パッチンで、自動で現れてくれる機能はないようだ。


 肩の力を抜き、浅く溜息をついてまた走り出した。


「…(今度の目的は、佐川家の安全確認だ)」


 5分くらい走り、佐川家に到着した。家の外観には破損箇所もなく、来訪者は来ていないように思えた。


 佐川家は、2階戸建ての30坪だ。屋根は青、2階にはテラスがある。家族は自身を含め、4人。


 父は消防士。

 母はナース。

 妹は中学一年生。

 左隣には小さな橋があり、隅田川へ流れる小川があった。


 右隣には幼馴染である篠原しのはら めぐみの家がある。

 家族ぐるみの付き合いで、「恵とはこの世に生を受けた時から一緒だ」


「恵も無事だといいが」


 雨が急に強くなってきたので、自宅の雨避けまで移動する。恵の顔が浮かぶ。


 齢17歳、佐川と同じ高校、身長154cm、茶髪、つり目。体型は痩せ型。スポーツは苦手で華奢だ。

 髪はショートボブ、後髪は一つに束ね、うなじが見えてそそ、ゴホン。


 顔が真っ赤になり、右頬をつねる。


「家族の無事を確認しよう」


 佐川はドアノブを掴もうとしたとき、背後に気配を感じた。佐川は慌てて背後を振り返るが、グーンの強靭な右腕の前に殴り飛ばされてしまう。


 気がつくと篠原家の庭に飛ばされていた。


「ここはめぐ、ぐぅ」


 痛みが脳を刺激する。左手の感覚はあるが、右手を動かすことはできない。

 視線を右に向けると、右腕が半分以上なくなっていた。


 あたりは黒い血の池状態だった。


 佐川は叫び声を上げ、気を失いそうになる。しかし、グーンが佐川の頭を掴み自身の目をギョロと覗かせる。


「やっと見つけたぜ、佐川さんよ」


 佐川の頭にグーンの爪が喰い込む。佐川の右腕を口に入れ、ムシャムシャと音を立てている。

 乱暴に佐川を地面に叩きつけて、その場に座り込む。


「俺の能力で、サーザス様、タール、イリ、グーン、サイへ連絡した。残念だが、お前はここで終わりだ」


 痛みで佐川の頭は働かない。あの短い言葉が浮かんだ。


「タールとは」


 グーンは振り向き、タールがいるのかと振り返るが誰もいない。

 佐川の方へ目線を向けるとクロスボウを構えていた。


「何のつもりだ。それがお前の能……」


 と口を噤んだ。グーンは震えていた。


「まさか、その影はタールの……」


「佐川には何も見えない」が、どうやらグーンには影が見えているらしい。

 グーンは左腕を天に掲げ、地面に勢いよく拳を突き立てた。


 地面が割れ、篠原家は半壊。

 佐川は吹き飛ばされ、自宅付近のアスファルトに左肩を打ち付けた。


 グーンは篠原家の外壁を破壊し、鬼の仰韶で佐川へ迫る。

 上空から声が響いた。


「そこまでだ、グーン」


 サイが大きな翼で空から着地する。その背中にはイリもいる。

 空間を割くように影が出現する。影から男が顔を覗かせる。顔は見知った男、サーザスだった。

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