第5話
タールはマンホールの下水を走り回っていた。
「…(何の痕跡もない)。佐川はどこにいったんだ。…(もうすぐ1時間経つ、そろそろ集合場所へ戻ることも考えないとな)」
タールは冷静になり、元のマンホールの位置へ戻ってきた。地面を蹴り上げ、ジャンプし地上に着地した。
目を見開き、ケンタウロスの姿に戻る。
「イリは問題ないだろう、問題はグーンだな」
グーンは問題児であり、手をやいている。急に腹が立ちグーパンで壁を破壊した。急に気持ちが冷めたように冷静になった。冷静になり、ぼんやりと工場を眺め出した。
そろそろ集合場所に戻ろうと思い始めた矢先、その足を止める出来事が起こる。
テラスの柵に黒い血が付いていたのだ。タールの顔に怒り狂うような笑みが溢れた。
「…(見つけたぞ、佐川、狩りの再開だ)」
4本足に力を入れ、高くジャンプした。工場の3階をゆうに超える高さだ。
「少し張り切り過ぎたか」
テラス付近に調整し、サーザスの姿で着地した。再度ケンタウロスの姿に戻ると同時に左腕が弓となり、影でできた矢を右手で掴んだ。
割れた窓ガラス越しに狩人の目が光る。獲物を見つめる鷹のようだ。ドコーンと微かに音が鳴る。
タールの警戒心は更に高まり、足をジタバタさせている。
狩人はひたすら待った。その瞬間が訪れるまで。そして扉が開く音だ。十字架マークの扉が開き、佐川を目視で確認した。
「…(やっと見つけたぞ)」
右手に力がこもる。心拍数を抑えて、ある一定の心拍でリズムを取った。目を細め、「ここだ」
タールは佐川の頭に狙いを定め、矢を放った。
3分前…
佐川の右拳が光に包まれ、グローブ型のガントレットとなった。全体は黒で、中心に赤の斜め線が3本入っている。
「なんだこれは」
右手を軽く突き出し、グローブを確認する。机にあった花瓶が割れ、壁に拳の形が薄ら見える。
魚の骨が散らばる。生臭い原因は猫の餌のようだ。大きな音と衝撃に驚きを隠せなかった。
こんな異能の力が「この世の中にあっていいのか」警察沙汰にならないか不安を覚えた。使い方は拳に力を入れると空気砲が飛ぶ原理らしい。
「…(こんな音を立てたんだ、タールがいれば気がつくはず)」
タールの特徴を整理する。
奴は弓使い。
「原理はわからない」が、2本の矢をほぼ同時に飛ばしてくる。
1本目は視認でき、2本目は命中するまで視認できないと考えるべきだ。
幸い、この部屋の出口はここだけだ。賭けになるが、「奴が狙う角度は2階テラス」と考える。
「うだうだ考えても仕方ない、真っ向勝負だな」
佐川は覚悟を決め、医療室のドアノブを掴み扉を開けた。1本の矢が勢いよく、飛んでくるのを確認した。奥歯を噛み締め、タールを睨んだ。
「…(やはりきたな)、タール決着を着けよう」
佐川は矢を目掛け、拳を振り上げた。
恐らく拳の大きさは、縦3m、横5m。拳の速度は、おおよそ40km。恐らく、速度は一定。
壁、対象物に「ぶつかるまで消えることはない」と思う。
対して――――
尖矢の大きさは、縦横1〜2cm程度。矢の速度は、おおよそ140km。それはあくまで初速の話。
距離があれば、速度も落ちる。物質の質量はこちらが上だ。矢と拳がパチーンと音を立てぶつかる。
拳の波動は、矢を弾いた。カラン、カランと2本の矢が地面に落ちる。2本の矢は拳の衝撃で、折れている。
タールの体で精製されたものだろう、小さく黒い影が上空に消えていく。
「…(見えない矢を隠していたか)」
佐川はしたり顔をしていた。ここまで、タールに対し一方的に蹂躙されてきた。鷹から逃げる野鼠のように。
攻撃手段を見つけた動物は、鷹を狩る捕食者となりうる。ガントレットの3本線が赤く光る。
「…(今度は俺が捕食者だ)」
タールは驚愕していた。
「私のインジブル・ツインによるタール術が破られるなんて、ありえない。こんなこと認めない」
子供のように足をジタバタさせながら、テラスの柵を両手で破壊した。
「余程悔しかった」のだろう、影の目にも涙が見えるようだ。佐川は呆れた様子でタールを見る。
「…(インジブル?って技名はないな。しかもタールって自分の名前を入れるのか)」
少し呆れながらもタールを観察してみる。
身長は195cmくらい、手足は8本。髪はなく、坊主。目は黒色でつり目、体型はがっしり。見た目はケンタウロスと思われる。武器は弓矢。
サーザスと同じくつり目だが、顔の形、体格も異なる。足をバタバタさせる癖がある。狩人ぶっているが、「意外と小心者」なのかもしれない。
タールは激昂した。
「いい気になるなよ、小僧」
矢の数を2本から10本に増やし、2本の右の片腕からそれぞれ5本の矢を発射した。
不思議と矢は、全て佐川を標的としている。影の力が働いているのか、原理はわからない。
そんな「理屈は知らないし、興味もない。私は捕食者だ」
ボクシングポーズを取り、テレビの見よう見真似でワンツーを3回した。左手は意味はないが、無意識というものだ。拳の波動は瞬く間に、矢を全て弾いた。
タールはまたしても驚いたが、まだ拳の波動が消えないことに気づいた。慌てて、防御体制を取ろうと試みるも時すでに遅し。
佐川の拳は、タールのボディを捉えクリンヒットした。
「馬鹿なぃぃぃぃえあ」
佐川の拳を受け、タールはテラスから地面に勢いよく倒れこんだ。
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