第4話

 工場はパイナップル、桃の缶詰工場のようだ。


 近年では国内の桃缶よりも海外の安価な製品が重宝されているらしい。


 この工場も時代の荒波に耐えられず、倒産してしまったのだろう。缶詰の運搬トロッコや剥がれたトタン屋根がそのまま放置されている。


「とにかく、工場の侵入口を探さなければ」


 工場内は緑の雑草が生い茂っていた。早く傷を手当したい。どこなら入れる。

 左肩と肘から滴る黒い血を払い、足早に工場の侵入口を探る。


その間にもタールは迫ってくる。もはや、何かに取り憑かれた鬼の形相だった。


 佐川は曲がり角へ入り、周囲を見渡した。蓋が半分空いたマンホール近くに、草に覆われた側溝が見えた。


 これしかないと思った。ジャージをマンホールの横に投げ捨てた。


「汚いとか、言ってられない」


 本の数秒後

 タールが曲がり角から顔を出すと佐川の姿はなく、マンホールの蓋が空いている。


 タールの爪で壁にメキメキとヒビが入る。周囲を見るとマンホール横には、黒い血が付いた佐川のジャージが投げ捨ててあった。


「奴はマンホールか、いやあの一瞬でそんなことができるのか」


 それよりも私ならどこに隠れるか、首を回す。近くには草に覆われた側溝が見えた。


「そこか、これで終わりだ」


 右手をスコップのような形に変化させ、側溝の草を抉った。しかし、そこには佐川の姿はなく忽然と姿を消していた。


 タールは発狂していた。どうにもならない怒りを雑草にぶつけていた。佐川のジャージを引き裂くとマンホールを覗いた。梯子に黒い血が付着していた。


「ここか」


 ケンタウロスの姿からサーザスの姿へ変身した。タールはマンホールを飛び降りた。


 マンホールの奥は、底が見えない。ウキウキした表情を浮かべているが、苛立ちを隠しきれていない。


「奴を見つけて、狩りの再開だ」


 タールが降り暫くして、側溝から離れたトタン屋根が動きだす。

 そこには、佐川の姿があった。


 白のシャツと黒のズボンは白っぽく汚れていた。矢を優しく引き抜き、破れたジャージに手を伸ばす。


 破れたジャージを左肩、左肘に縛り付け止血するも黒い血は少し滲む。マンホールの梯子に黒い血を垂らした囮作戦はどうやら上手くいったようだ。


 どうやらタールは単細胞ヤローらしい。肩から息をしていた呼吸を止め、深く深呼吸をした。冷静になり、工場内を見回した。


「工場内に止血剤があればよいが。行く場所は医務室か診察室だ」


 マンホールの場所を離れると、工場の2階テラス部分へ目を向けた。工場作業員の休憩所兼喫煙所らしい。パイプ椅子や丸テーブルが置かれている。


「あのテラスから中へ入れそうだ」


 工場の1階は錆びた鎖で封鎖されていた。まるで心霊スポットのような雰囲気だ。

 ふとテラスの側面を見ると、3階から1階にかけて排水溝パイプで繋がっていた。


「よし、やるか」


 工場とパイプの連結部位に足をかけ、よじ登る。まるで猿になった気分だ。

 そんな気分とは裏腹に、今にもタールがマンホールから顔を出さないか心配になる自分もいる。


 自然と右手にも力が入り、汗が額から流れる。テラスの柵付近で、痛みを堪えて左手を伸ばした。


「登りきったぞ」


 テラスへ着くと、窓ガラスが割れていた。鍵の施錠はされているが、割れたガラスからも開閉できそうだ。

 過去の侵入者もこの場所から出入りしていたと思われる。割れたガラスに右手を伸ばし鍵を開け、工場の中へ入る。


 工場内は缶詰製造機、運搬レーンがそのまま放置されていた。


「これだけ大きい施設なら、救急箱のひとつやふたつあるはず」


 レーン近くに、緑の十字架マークが見えた。


 医療室というラベルが剥がれていた。あそこだ、階段を2段飛ばしで駆け降りた。

 部屋を開けると鼻をつく異臭が漂っていた。おまけに魚が腐った臭いがする。


「この臭いは好きになれない」


 机を漁ると2段目の引出しに、止血剤と包帯を見つけた。ジャージを破り捨て、慣れた手付きで、左肩と左肘に止血剤と包帯を巻いた。


 保健体育の授業と母の教育が役に立った。この時ばかりは日頃の学校教育と母に感謝した。


「これで、やっと紙を見れる」


 ポケットの中に手を伸ばし、紙を見た。紙には、こう書かれていた。


「衝撃は、人を守り。罪には、制裁を与え。拳を飛ばすは、人に制裁を。どういう意味だ?」


 佐川の右拳が光を放った。

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