第3話

 佐川は、影達の3人が飛び出す様子を公園の茂みに隠れ見ていた。

 後退りしながら、まずいことになったことを頭で理解しようと試みた。


「奴等は何だ、どうやったら倒せるんだ。サーザスはなぜ、俺を攻撃した。依頼人と何の関係があるのか」


 《奴等》

 サイ、イリ、グーン、タール

 サーザスの影

 見た目は黒い影

 変身すると骨格と体型が変化する

 サーザスの顔とは4人とも異なる


 《サーザス》

 影4人の主

 タキシードの男

 A4の紙切れで奴等を呼び出した

 依頼人と関係があるのか


 《依頼人》

 顔がはっきりしない

 サーザスと面識がある

 思い出そうとすると記憶が混濁する


 佐川は頭の整理が追いつかなくなり、頭を掻き出した。


「駄目だ、情報が足りない」


 情報収集も必要だが、今は逃げることが先だ。


「考えてもわからないことは、考えても仕方ない」


 ジョギングコースを離れ走り出した。電信柱の近くに緑色のマウンテンバイクが立て掛けてあった。

 これは佐川が乗ってきた自転車だった。左ポケットから鍵を取り出し、自転車を漕ぎ始めた。


 周囲の様子を確認するも住民は普通に生活している。だが、不自然なことに佐川の姿は誰にも認識されていないのだ。


「やはり、住民は何かがおかしい。うーん、ともかく家族が心配だ、一旦家に‥」


 佐川の視界が影に覆い被さる。上空を見上げると4本足が強襲してくる。

 佐川は自転車のサドルに両足を置き、横跳びでその攻撃を避ける。


「見つけましたよ」


 タールが笑いながら、佐川を見つめる。


「何なんだよ」


 佐川は潰された自転車を見ながら、その場でタールを凝視していた。タールは片足を使い、自転車を佐川へ向け蹴り飛ばした。

 佐川は体を右に傾け、自転車をかわす。


「俺の自転車に何するんだよ、弁償しろ」


 アルバイトの給料を貯めて、購入した自転車だ。無惨に壊されて腹あたりがムカムカした。


 タールは2本の左腕を回し、気怠そうな表情を浮かべる。


「さっさと仕事を終わらせたいんです。大人しく我々に食べられてくれませんか」


 タールの態度が悪く、こちらの話を聴く気はさらさら無さそうだ。


「仕事、食べる?何の話だ。説明しろ」


 説明などするはずもなく、タールは戦闘体制に入った。


 タールの左2本腕の内、1本の左腕が弓矢となり、もう片方の左手で弓柄を握り締めた。

 標的を追う獣のような目で、右手2本を使い矢の標準を定めた。


「お遊びは終わりです」


 1本目の矢が放たれた。


佐川は冷静に矢の軌道を見た。矢の動きをイメージし、どうすればかわせるか意識を集中させた。


「よし、かわせる」


 体を屈めて、1本目を避けた。佐川は態勢を整え、2本目に備えた。


 しかし、左肩が焼けるように痛い。

 恐る恐る左肩を見ると、肩に矢が突き刺さっていた。


「痛い、痛い、痛い、なんで」


 タールは好機とばかりに畳み掛ける。前の2本足を使い、佐川の胸に蹴りを入れる。


 両腕でガードしたが、体がゴロゴロと道路へ転がり、縁石にぶつかり止まる。


 左肘にはさらなる痛みが走る。また矢が刺さっている。


「どうしてだ、攻撃は避けたはずなのに」


 タールは狩人ゲームを楽しんでいるようだった。佐川は左肩、左肘に刺さった矢を見つめていた。傷口から黒い血のようなものが溢れ出た。


「赤くない血、どういうことだ」


 タールはゲラゲラと笑い、足をバタつかせていた。


「やはり、狩りは楽しい。獲物を仕留める快感はたまらない」


 謎めいた世界、黒い血、夢物語と理解したいが、痛みはどうやら現実らしい。


「これはやばいかな」


 左腕から流れる黒い血が止まらない。応急処置をしたくても相手が待ってくれる訳もない。何か事態を打開するものはないか。

 ポケットの中を探してみた。


 掌には

 コンビニレシート、蜜柑飴、四つ折りにされた古ぼけた紙切れが入っていた。


「なんだこれ」


 神を目にしたタールの表情が狂気の顔に変わる。不気味な笑みを浮かべながら、見つけたと叫ぶ。


「やはり、持っていましたか。私が1番乗りです。あなたには不要の物です、それをよこしなさい」


 タールは4本腕に戻り、佐川から紙を奪うべく前進する。佐川は紙を元のポケットに戻し、呼吸を整えた。


 右手で左肩を抑えタールの左前方に走り出した。タールは急に止まれず、壁を破壊した。

 佐川はそのまま走り出し思考を巡らせた。


「サーザスと同じ紙があった。これがあれば事態を打開できるかもしれない。まずは傷の手当てをしなければ」


 近場で目につく建物をキョロキョロと探した。


 住宅街の中に、茶色に錆びついたトタン屋根が見えた。

「あれは、工場の廃墟か」


 タールから追われる恐怖心を無理矢理鎮め、古ぼけた3階建ての工場へ向けて、全速力で駆け出した。

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