第2話

 佐川は何が起こったのか理解できなかった。


 目の前で起きているのは現実なのか、夢なのか考えを巡らせるも答えは出なかった。

 ただ一つの事実として、風速30m/sくらいの風が佐川の右手側へ向けて飛んできたということだ。


「いきなり何をするんだよ」


 体は無傷であったため、周囲の状況を確認すべく横目で後方を確認した。ホームレスが建てたと思われる段ボールハウスが吹き飛び、亀裂が入っている。


「何なんだ、あんたは。

何の目的があってこんなことをするんだ」


 サーザスは右手を確認し、佐川を無視しながら自分に何か言い聞かせていた。


「やはり、調整が必要だな。

先を越される訳にはいかない」


 と呟き、佐川の顔を見た。何のことだろうと腑に落ちない顔をした。


「おや、驚きましたか?

貴方が何を言おうと、もう何もかも遅いのですよ」


 遅いっとは、そもそも初対面の人に攻撃されるいわれはない。おかしいだろうという気持ちを無理矢理飲み込んだ。


 サーザスは左指をパッチンと鳴らし、A4サイズの小汚い紙切れを出現させた。ふむふむと感心した様子で何かを呟きだした。


「今回はどんな実験にするか。

これは試したことがない、あれは失敗した」


 完全に佐川を無視している。どうやら自分の世界に陶酔しているようだ。


 チャンスとばかりに、河岸からジョギングコースへ駆け出し逃走を試みた。小高い斜面で躓きそうになったが気にせず、ジョギングコースまで駆け上がった。


 後方を振り返ると、サーザスは満面な笑みを浮かべながら、紙に目を通していた。


 サーザスは紙切れに目を通し終えて一言。


「うーむ、迷いますね。

今回はこれですかね」


 紙切れの文字を左手人差し指でなぞった。文字が指の動きに合わせ光を放つ。そして、目を閉じ何かを唱え始めた。


「影に嫌われるは、人の本懐。

光を求めるのは、影の葛藤。

人を捕らえしは、我が分身」


 地面からサーザスの影が4体現れた。影の体格はきっちりと全員同じ背格好だ。


 サーザスは右手にある紙を上空へ放り投げる。紙は空中をゆらめき消えていった。


「今回の獲物は佐川 涼です、彼を捕食しなさい」


 影の1人が答える。


「私はグルメ担当なので、腑抜けた野郎には興味がありませんぜ。

食材は鮮度が良くなきゃ、食べ応えが‥」


 どうやら、影の中にはグルメもおり、人の味には煩い種もいるようだ。サーザスはハットから杖を出現させ、グルメ担当の言葉を遮り地面に突き刺した。


「グルメなのは、大いに結構。

私が欲しいのは、屁理屈でなく成果です。

あなた方には義務がある、各自使命を果たさなくてはなりません」


 影4人はダンマリとサーザスの話を聞いていた。納得した様子のグルメ担当の体が変化していく。


 両腕が膝まで伸び、筋肉が膨張する。横っ腹は広がり、背中に無数の棘が生えた相撲力士のような姿に変貌した。


「グーン、了解。サーザス様のために」


 他の影3人も続く。


「サイ、了解。サーザス様のために」


「イリ、了解。サーザス様のために」


「タール、了解。サーザス様のために」


 影達4人は佐川を追いかけるべく、勢いよく飛び出した。


 サーザスから少し距離を置いたジョギングコースの公園に影4人が集合した。


 グルメ担当、グーン。

 ミンチ担当イリ。

 バイヤー担当タール。

 ミキサー担当サイ。


 イリとタールの体が変貌していく。イリは上半身が細くなり、足だけ巨大化し頭にイッカクのような角が生えた姿になった。

 一方タールは手足が4本になり、ケンタウロスのような姿になった。


「サイは変身しないのか?」


 グーンは尋ねると、サイは公園のベンチに寝転がった。


「興が乗らん。

お前ら3人で行け」


 と言い、スヤスヤと寝てしまった。

 グーンは怒るが、イリがその手を制止した。


「影の序列では、サイが一番強い。

ここで、手柄を立てサイは除名させれば良い。

所詮影はサーザス様のお気に入りでしかない、使えない影は何の役にも立たない」


 グーンは納得した様子で手を跳ね除けた。タールはやれやれとグーンの扱いを心得ているイリに感心している。


 グーン、イリ、タールは話を続けた。どこに佐川が逃げ込むか?探索ポイントをどうするか?

 影の知識はサーザスと同じ知識量らしく、東京都の地理に詳しい影はいない。

 グーンはイラついた様子で腹太鼓を鳴らした。


「ごちゃごちゃ話しても仕方ない。

結局誰かが佐川を仕留めればいいんだろう、それなら3方向へ別れて探すってのはどうだ」


 イリはやれやれという顔を浮かべ、渋々グーンの意見に賛同した。イリの様子を見て、タールも賛同した。


 各探索担当は以下のとおり。

 イリ  学校周辺

 タール ジョギングコース周辺

 グーン 佐川という表札がある家


 見つかる、見つからないに関わらず2時間後、公園に戻ること。イリの散開の掛け声で、影達の佐川探索が開始された。

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