第40話 悪≠悪役

「アハハハハハ! バカだねぇ」


 あの日から1週間後、若月さんに俺の暴走の一部始終を話したら、盛大に笑ってくれた。


「ハハ! ハハハハハハ‥‥‥プーッッッ! アッハハハハハハ‥‥‥ッ」


 何がそんなにツボに入ったのかは謎だけど、アイツのような嫌な笑い方ではなく、海賊が財宝を見つけた時のような豪快な印象を受ける笑い方だ。

 しかし、夜更かしの会を開いているので、近所迷惑になりかねない。


「若月さん。笑うのは良いんですけど、周りの迷惑になります‥‥‥」


 静かにしてくれと伝えるために、あえて小声で注意してみる。


「うん。そうだね。本当にそうだ‥‥‥。フッ、フッ、ケフッッッ‥‥‥」


 しまった。

 [静かにしなければならない]という条件が足されたことで、この状況そのものがツボに入ってしまっている。これは、年末にやっていた「笑ってはいけない」というルールのバラエティ番組のシステムに似ている。別に、そこまで面白くないのに、場の雰囲気に呑まれて笑ってしまう芸人さん達を、俺は何度も観てきた。

 大好きな番組だったから、ぜひとも復活してもらいたいが、エースである大御所芸人が、己のプライベートの問題によってテレビに出れなくてなってしまっている。望み薄だろう。


「‥‥‥ブッ、ク‥‥‥クク‥‥‥」


 あの番組だったら、もう10回以上お尻を叩かれているレベルで笑っている若月さんが落ち着くまで、俺はこの1週間の学校での出来事を思い出していた。

\



「でさー‥‥‥ぁ」


 俺が教室に入ってくるなり、楽しそうに話していたクラスメイト達は気まずそうに黙った。

 カラオケで熱唱していたら、店員さんが入ってきて1度歌うのを止めるみたいな現象。しかし、俺は10秒ほどで食い物を置いて去っていく、あの人達ではない。一応は、このクラスの一員なのだ。


「若林。おはよう」


 そんな空気の中、挨拶してくれのは加賀昌弘。

 俺に勝手に恩義を感じられて、勝手に変なことに巻き込まれた、今回最大の被害者だ。

 そんな、傍迷惑な俺に変わらず挨拶をしてくれるとは。どこまでも優しい奴だ。それ故に生きにくいことだろう。


「おはよう」


 もちろん、俺も挨拶を返す。

 しかし、それ以降の雑談はない。これ以上、加賀に不必要に近づかない方が良いと判断した結果だ。


 簡単に言うと、今の俺の状態はクラスの「敵」だ。


 人気者の陽キャを泣かせたのだ。こんな酷い奴は中々いない。イジメられることも覚悟していたが、意外と彼らは何もしてこなかった。

 俺の方をチラチラ見ながら、何か陰口を言っていることはある。でも、俺が立ち上がるとサッと陰口を止める。酷い時は、軽く伸びをしただけでビビられたこともあった。


 別に、陰口如きで危害を加える気はないんだが‥‥‥。


 他に変わったことといえば、クラスの9割が文化祭に対して本気になったことくらいか。

 少しずつ聞こえてくる陰口から察するに、俺抜きで最高の舞台を作ろうという決起集会があったそうだ。


 これは、良いことだ。

 俺が悪になることでクラスが一致団結するのは、良いことだ。

\



「いや。若林少年は悪じゃなくて悪役だね。それも超優秀な」


 笑い地獄から無事生還を果たした若月さんは、俺をそう評した。


「誰かを敵に仕立てて、目標を分かりやすくする。戦争だって同じような原理だと思う」


 お酒を飲んでいるのに、今日は結構しっかりと喋る。


「若林少年がやったことは、馬鹿なことだけど間違ってない。世の中には、自分が攻撃される覚悟のない人間がヘラヘラと人を攻撃する連中が多い。君は、そんなくだらない人間に一矢報いたんだよ」


 久しぶりの、大人バージョンの若月さんに魅了される。


「大丈夫。少なくとも、その加賀くんってのは分かってくれてる。だから‥‥‥」


 美しい横顔が、こちらを向いて言う。


「最後まで、悪役をやり通せ。それができれば、君はクラスで最も貢献した生徒になれる」

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