第39話 ダッッッッッッッッッッッッッッッッサ

 我々のクラスの演劇の台本が仕上がった。

 オリジナルの台本で勝負するストロングスタイルを実現させた演劇部の唐澤さんには頭が下がる。作品は完成させることが何よりも大事だから。


 内容は、文化祭に相応しい恋愛もの。

 美男美女の高校生が出会い、愛情を深めるが、ヒロインは大病を抱えている。最後は愛の力で病に打ち勝つ物語だ。

 良いじゃないか。変に難しいことをしてスベるより、こういう王道展開の方が怪我をしにくい。


「はい。では配役を決めていくよー。やっぱりまずは主人公だよね。やりたい人ー」


 元気いっぱいの文化祭実行委員、綾部さんが全体に問いかけるが、立候補する者はおらず、有象無象がザワザワするだけだ。


「お前やれよ」

「いやー。主役はさすがに‥‥‥」

「確かに。責任重そうだもんな」


 普段は無駄に大きな声で騒いでいる1軍グループが、今はコソコソしている。

 まあ、俺も立候補する気がないから人のことは言えない。


 ザワ‥‥‥ザワザワ‥‥‥。

 誰も名乗り上げることがないまま、5分が経った。

 唐澤さんが脚本を完成させたと発表した時の盛り上がりが嘘のように空気が悪くなる。


「えーっと、立候補がいないんだったら、推薦でも良いよー」


 情けない男子どもに、綾部さんは助け舟を出してくれたが、それは面倒な役を押し付ける生贄を差し出せと言っているのと、ほぼ同義である。

 その提案に息を吹き返した1軍グループは、元気を取り戻す。


「お! どうするどうする!?」

「面白い奴が良いよな!」

「あ! じゃあさ! 加賀とか良いんじゃね!?」


 加賀昌弘。

 姉さんの件で寝不足になっている俺を保健室まで連れて行ってくれた上に、ガムをくれた男子の名前だ。

 あの日から、軽い雑談するくらいはする仲になっていた。友達というには自信がないが、知り合いにはなれていると思う。


「え? いやー‥‥‥」


 加賀は、困った笑顔で頭を掻く。


「大丈夫! 大丈夫! 俺らがついてるからさ!」

「女子とキスできるぞ! 演技だけど!!!」


 ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!!

 嫌な笑い声が教室に響く。


 五月蝿い。

 ひらがなではなく、漢字でそう思った。


 久しぶりだ。

 ここまで不愉快な気持ちになったのは。


「‥‥‥お前ら、何様?」


 俺の悪癖の1つに、思ったことをそのまま口に出してしまうことがある。


「‥‥‥あ?」


 グループのリーダーが、俺の方を見る。完全にロックオンされた。もう誤魔化せない。


「聞こえなかったか? な・に・さ・ま・なんだって聞いたんだよ」

「‥‥‥」

「加賀は、お前らのオモチャじゃねーぞ。自分は表舞台に出る気がないくせに、好き勝手言ってんなよ」

「は? 急に意味分かんねーこと言ってんじゃねーぞ! 殺すぞ!!」


 殺す。

 殺す‥‥‥か。


 姉さんが自分と真剣に向き合って向き合って向き合って向き合って向き合って向き合って向き合って向き合って向き合って向き合って向き合って向き合って向き合った末の行動を、こいつは今、ここでできるってのか?


「やってみろよ」


 席から立ち上がって、そいつの元へ向かう。

 俺以外に動く人間はいない。もちろん、馬鹿共も。

 件の男の前に辿り着く。

 そいつは座っていたので、俺は膝を床に置いて目線を合わせてやる。


「ほら。絞殺なら今でもできんだろ。殺してみろよ」

「‥‥‥」


 口を歪ませて、俺から目を逸らす。


「ん? どうした? 反撃しないから安心しろ」

「‥‥‥できません」

「は!?」


 ほんの少し、声を大きくしてみたら、ビクッと身体を震わせる馬鹿。


「‥‥‥ダッッッッッッッッッッッッッッッッサ」


 そう吐き捨てて、俺は教室から出た。

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