第38話 ヤンキー……?
「文化祭の思い出ってあります?」
9月を過ぎてからは昼間はともかく、夜更かしの会の時間になると涼しい風が頬を撫でてくれるようになった。
今日もコーヒーや駄菓子をお供に、若月さんと公園で雑談していると、頭の片隅にある文化祭に引っ張られてしまった。
「んー‥‥‥私、高校の頃はヤンキー気取ってたから、格好つけてサボってたかなぁ」
ここにきての元ヤンのカミングアウトに、俺はそこまで驚かなかった。
若月リラという人間は、昔から真面目一辺倒の人生を送ってきたとしたら説明できないほどに頭が柔らかい。過去にやらかしたことのあるからこそ出てくる言葉や行動をしてくる。
だから、元ヤンという過去はスッと受け入れることができた。
「アレですか? 何とか卍会みたいなのに入ってたんですか?」
「あの漫画が始まるずっと前だからねぇ‥‥‥。仲間もいなかったよ。ただ1人でムスッとしてる、見た目が派手なボッチだよ。あんな格好いいことは何1つしてない」
「へぇ‥‥‥でも、今は立派な図書館職員になれてるってことは、恩師からの一言で猛勉強するきっかけになったみたいなエピソードはあるんですよね?」
「それもない。ヤンキーやってた時も勉強はしてたから、採用試験も割と余裕だった」
「それって、下手すれば優秀な生徒にカウントされてたんじゃ‥‥‥」
「そんなことないよ。だってヤンキーだよ?」
もしかして、若月さんと俺の間のヤンキー像には大きな隔たりがあるのかもしれない。
「えっと‥‥‥人を殴ったことありますか?」
「無いよ。可哀想じゃん」
「気の弱い生徒からお金を強請ったりは‥‥‥」
「しない。お金大事」
「タバコとかは‥‥‥?」
「吸うわけないでしょ。アレ、国によっては大麻よりもタチが悪いって言われてるんだよ?」
「‥‥‥」
それって、ヤンキーでもなんでもない、多少見た目が怖いだけの真面目な生徒なのでは‥‥‥?
「あ。でもね、在学中にバイクの免許証を取ったよ。ヤンキーっぽいでしょ?」
「俺のイメージするヤンキーは、無免許でバイクに乗ります」
「え? 公道を?」
「公道を」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
あ。黙った。
黙っちゃった。
「たぶんなんですけど、貴女はヤンキーではないです」
「‥‥‥!」
俺の知る限り、1番の驚愕顔を見せた。
「客観的に見れば、誰にも迷惑をかけていない、丁寧に生活している友達のいない女生徒です。若月さんはその頃から美人さんだったと思うから、ファンクラブとかできてたんじゃないですか?」
「そ、そういえば、写真を取ってくれとかよく言われてた‥‥‥。罰ゲームかなんかで、そう言ってきてるんだと思ってた‥‥‥」
「ちなみに、その写真は‥‥‥?」
「撮った‥‥‥」
俺が呆れ顔をしていたのだろう。若月さんは必死に弁明する。
「だ、だって、罰ゲームだったら写真がないと、その子が困ると思って」
なんてお人好しなんだろう。
厨二病を拗らせても、周囲の人間を第一に考えられる。いや、考えてしまうが故に生きにくさを伴っている高校時代の若月さんに会って頭を撫でたくなってきた。
‥‥‥いや、別にそれは今でもできるのか。
自分でも意外なほど、自然な動作で若月さんの綺麗な髪を撫でる。
撫でながら、女性によっては身体を触られるより髪を触られる方が嫌な人もいるという話を思い出した。
ヤベー。やっちまったか。
手を離そうとすると、若月さんは俺の腕を掴み、元の位置に戻した。
「も、もうちょっとだけ撫でてくれる‥‥‥」
「はい」
冷静な声音で答えて、髪を撫で続ける。
人間、本当に興奮したら逆に冷静になることを知った17歳の夜であった。
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