第33話 ガム
9月1日。
1年で最も学生の自殺率が高いこの日に、俺は無事に学校にくることができていた。
太陽が上がってきたと同時に姉さんは「ありがとう。もう大丈夫」と言って自室へと戻っていった。
俺はそのまま朝の支度をして家を出て、今、教室にいる。
(帰ったら、姉さんはいなくなっているかもしれない)
その可能性が脳裏に焼き付いて離れない。真面目な姉さんのことだ。あれしきのことで自分を許すとは思えない。俺が外に出たと同時に警察に自首しても驚かない。
「‥‥‥」
ホームルームが始まる前の教室は騒がしい。それも夏休み明けだからか、その騒音レベルは通常より高い。
誰に彼氏ができたとか、誰が日焼けしたとか、誰が海外旅行にいってきたとか、そんな話題を大声でしているクラスメイト達は自分達がこの世界の主人公だと思い込むことで忙しそうだ。
でも、今はこの騒がしさがありがたい。
静かな空間で1人でいたら、不安でどうにかなりそうだから。
「はーい! 席についてー!」
担任教師が入ってきて、その喧騒も止んでいく。
代わりに、俺の心臓の音がうるさくなる。
姉さんのいない我が家を想像しただけで、心のバランスが崩れるようで、息が荒くなる。
「‥‥‥若林? 大丈夫か? いや、大丈夫なわけないな」
そんな俺の様子に気づいた、隣の席の加賀貴之が喋りかけてくる。
「保健室行こう? な?」
「‥‥‥」
優しい声かけに、俺は首を縦に振ることしかできなかった。
\
「さっきはありがとう」
「おぉ! もう良いのか?」
「うん。集会サボれたしな」
「カッカッカ」
保健室で30分ほど横になったら体調が回復した。
しかし、その頃には2学期初の集会が始まっていた。保険の先生が一応、その間は休んでおけと言ってくれたのだ。
そのおかげで、ダルい集会を合法的にサボることができた。
「今日も校長の話長かったぞ」
「やっぱり」
カラカラと笑う加賀。
「ガム食う?」
「ん? ありがとう」
流れをガン無視して1枚のガムを渡されて、少し戸惑いながらも受け取って口に放る。
お。りんご味。
コンビニで買える、何の変哲もないガムだったが、不思議と美味く感じた。そういえば、昨日は1日食事を抜いたんだった。
口の中でで唾液が広がっていく。
(昼メシ何にしようかな)
朝と違い、そんなことを考える余裕ができていた。
\
「ただいま」
「おかえり」
迷った末、富士そばを食べてから帰宅した俺に、挨拶を返してくれる人間が1人いた。
姉さんは、リビングのテーブルで何か書き物をしていた。
「何してんの?」
「んー? 履歴書」
「‥‥‥そっか」
丁寧に、丁寧に文字を綴る姉さんの横顔は、少しだけ昔の凛々しい表情を取り戻していた。
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