第32話 朝がきた
「ちゃんと勉強した。就活をした。仕事も頑張った。でも、ダメになった」
「子供の頃は何でも器用にできた。勉強はもちろん、運動もコミュニケーションも、苦労したことがなかった」
「あのね、この様だから話すけど、その辺が巧くできない拓也を内心見下してた」
「なんで、こんな簡単なことができないんだろうって。小さい頃の拓也は常に息苦しいって顔してて。それを見て、あろうことか私は優越感に浸ってたんだよ」
「よく遊んでたのも、<できない弟に優しくする姉>を周りの大人に見てもらうだめ」
「そんなクズなんだ。私は」
「それが今はどう? 立場がまるで逆。惨めだよね」
「偉そうにしてた姉は仕事にもいけない引きこもりで、弟は不器用ならがも友達の輪を広げてる」
「ウサギと亀の童話って、綺麗ごとだって思ってたけど、結構心理をついてるのかもね」
「ほら。芸能ニュースとかでもあるじゃん。すごく人気があったアイドルが逮捕されて、その穴を埋めるためにコツコツ頑張ってた別のアイドルが全部仕事持っていく。みたいなさ」
「数年前まで、ああいうワイドニュースを見てたら<ザマァみろ>って思ってたけど、今は自分のことを見ているようで胃が痛くなる」
「最近さ、外に出るのもしんどくなってきてるんだよ」
「中学とかで一緒だった子とかに会っちゃう可能性とか考えると、吐きそうになる。いや、実際吐いちゃったこともあったな」
「文化祭でセンターでダンスして、調子に乗っちゃってさぁ! あんなの、みんなが空気壊さないように褒めてくれてただけだよ! それなのに、TikTokに載せちゃって!! よくあんな下手なダンスを世間様に見せようって気になったよね!!!」
「大学でも、褒められたいからってのと就職に有利だろうって理由だけでボランティアサークルに入っちゃってさぁ!!! ホントにキモい! 自己顕示欲の塊!!」
「しかも、あの頃は拓也の存在を疎ましく思ってた。イケてる私の弟がこんな暗い子なんだって友達に知られたくないって!!! 優しい拓也のことを、そんな風に思ってたんだ!!!」
「だから、職場でパートおばさんにイジメられたのは、その分が自分に返ってきたんだよ!」
「自分のせいなのに、鬱になって家族に迷惑かけて! 挙げ句の果てに弟を締め殺そうとしたクズでバカでミジンコでカスでアホな私は、もう誰かと一緒にいちゃいけないんだ!!!!!」
「だから‥‥‥だから‥‥‥」
「そんな優しく抱きしめるなよぉ‥‥‥」
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俺が尊敬する小説な漫画の主人公は、こういう時に姉さんを救うセリフを言うことができるのだろう。
これから、前向きに生きていけるような、見事な名台詞をタイミング良く、格好よく言うことができるのだろう。
でも、俺は脇役な上に頭が悪い。
だから、ただ抱きしめることしたできない。
「離して! このままじゃ私は拓也を本気で殺しちゃう!!!」
暴れる姉さんを絶対に逃さない。
さっき、姉さんは「優しく」と表現してくれたが、実際はアメフト試合でのラインの押し合いくらいの壮絶なホールドだった。
もう、何回も頭はぶつけているし、お互いの身体は傷だらけだ。
でも、俺は姉さんの弟だから味方なのだということは伝えたい。言葉にしたら嘘っぽくなる気がして、声を発してはいないけれど。
「離して! 離してよ!! 離せぇ!!!」
姉さんの鼻水と涙がジャージを濡らしていくのを感じながら、カーテン越しに太陽の光が刺した。
朝がきた。
容赦のない朝がきた。
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