第30話 ケーキを喰らう

 8月31日。

 多くの学生が恐怖で慄くであろう8月31日。

 去年までは阿鼻叫喚をあげながら宿題と対峙していたが、今年は違う。なんと、この間の勉強会で全て終えることができているのだ。


 あぁ! 身体が軽い!

 ちゃんとした自分へのご褒美のような1日。これはどう過ごしてやろうか。


 バイトもないし、1日中寝ていようかと布団の中で考える。睡眠とは、リミットがあるもの。

 学校や仕事によって、睡眠時間は制限される。だから、ほとんどの朝は目覚まし時計のあの忌々しい音で起きることを余儀なくされる。


 しかし、今日は自由という自由を堪能したい気分だ。

 薄暗い自室て時計を見ると、午前9時。充実した休日を過ごすためには、そろそろ起きないといけない時間だろう。

 しかし、今日は楽しい休日を惰眠を貪ることに使う自由がある。

 二度寝。

 俺は、人生で最も幸せな選択をした。

\



 寝ている時の夢の話はお嫌いだろうか?

 俺は嫌いだ。特に荒唐無稽な内容をダラダラと聞かされる時間は苦痛ですらある。当たり前だがオチもないので、感想に困って愛想笑いをするしかなくなる。


 自分がやられて嫌なことは他人にもするな。

 両親から教えを守っている俺は、基本的には夢の話はしない。だが、この夢をどう消化して良いのか分からなくなってきた。どうか、寛大な心で聞いては下さらないだろうか?

\



 猛暑冷めやらぬ中、誕生日を祝われていた。暑い中、冷房が効いた大部屋でケーキを頬張る。そんな俺を和かな笑顔で見守っているのは、誰一人知らない人達だった。


 俺の誕生日は10月17日の秋だ。しつこい残暑も流石に空気を読み引っ込み、冬将軍様がくる直前の最も過ごしやすい時期家族が誕生日を祝ってくれるのが嬉しかった。


 しかし、夢の中は現実と変わらないクソ暑い夏のままだった。俺は何の疑問も抱かずにショートケーキを爆食いしていた。


 食べても食べても減らないケーキ。

 それでも食べ続ける俺。

 見守る見知らぬ人々。


 そんな異常空間の中、立ち上がってこちらに近づいてくる人がいた。おそらく、女性だったと思う。何故言い切れないかというと、食べるのに夢中でケーキから視線を逸らさなかったからだ。


 その人物はゆっくりと近づいていき、俺の右隣でピタっと止まった。

 それでもその人の方を見ない俺。


 次の瞬間、首を絞められた。


 殺す気でやっているのが分かるほどの握力だ。しかし、そんな状態でも夢の中の俺はケーキを食べ続けている。

 ケーキを口に運ぶたびに、その人の力は強くなった。


 死ぬ。


 そう認識した時、俺は目が覚めた。


「はー‥‥‥、はー、、はー、、、、」


 現実に戻ってきても、息が苦しい。巧く呼吸ができない。


「あれ? 起きちゃった?」


 夢と同じ、右隣で女性の声がした。

 それは、母と同じかそれ以上に聞いている、慣れ親しんだ声だった。


「よく寝てたね。もう深夜1時だよ?」


 姉さんだ。


 聞きたいことは山ほどあるが、声を出すことができなかった。


「けどまあ、良い機会かな」


 喜んでも、怒ってもいない平坦な口調で、姉さんは言う。


「私とも夜更かしの会、しよっか?」

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