第26話 思い出補正

「えっ、ヤッた?」


 図書館に木崎が来たので、休憩時間に近くのコンビニのイートインで昨日のことを話してみたら、瞬き多めでそんなことを聞かれた。


 何を?

 とか聞くほどピュアでもないし、格好つけでもない俺は、ゆっくり首を振る。


「それ系は、本当に何も無かった」

「おぉ‥‥‥その悔しさは嘘ではないっぽいね」


 初めて若月さんと会った時もそうだったのだが、エロマンガだったら1ページ後にはおっ始めている状況でも、色っぽい展開には1ミリもならない。

 それは、若月さんが未成年に手を出さない常識的な大人だという証明でもあるから、むしろ喜ぶべきことだ。


 でも‥‥‥。


「性欲魔神の男子高校生からしたら、期待しちゃうよねー」

「‥‥‥」


 魔神というほどではないとツッコみたいが、否定するほど間違ってない気がするから恐ろしい。

 世の夫婦やカップルはもちろん、芸能人とかでも、大きなものを失う原因は性欲によるものが多い。それだけ人間にとって抗えない力を持っているのだ。


「まあ、でも、そういうのは2年後に改めて告白してからって決めてるから」

「それな! ロマンチックなやつ!」

「そうだろう、そうだろう」


 あの約束があるから、欲望を抑えられているとも言える。


「いいないいな。私もそんな少女漫画みたいな恋したいなー」

「木崎には、付き合ってる奴はいないのか?」

「いないよー。いたら、こんなところで若林とだべってないよー」

「ホーン‥‥‥意外だな」

「え?」

「彼氏なんて、いない時期ないと思ってた」

「‥‥‥若林って、昔からそういうところあるよね」


 何やら不機嫌な様子でカフェオレに口をつける木崎。

 何か気に触ることを言ってしまっただろうか。


 なんとなく気まずいので、オレもコーヒーを飲む。若月さんに教えてもらった缶ではなく、店で注ぐタイプのコーヒーだ。

 あれから、喫茶店のコーヒーも飲んでみた。たぶん、あっちの方が美味いのだろうが、若月さんとの思い出補正があるからか、コンビニのコーヒーに愛着が湧いてしまう。


「ヤベ! 若林隠れろ!」


 飲み慣れた味に一息ついたと思ったら、木崎に頭を抑えられ、机の下に無理やり押し込まれた。


「あぶな! コーヒーが服についたらどうしてくれる!」

「確かに、それも面倒だけど、それよりマズイことになりそうなんだって!」

「‥‥‥」


 白Tにコーヒーをこぼすことより、面倒なことなのだったら言うことを聞いていた方が良さそうだ。

 高校生2人が身を寄せ合って、狭い所に隠れる覚悟くらいは決めよう。


「いらっしゃいませー」


 店員さんやる気の無い声が店内に響く。人によっては、もうちょっと声出せよと思うだろうが、俺はこれくらいテキトーに扱われた方が安心する。「お客様は神様」なんてのは死語に近いのだ。やりすぎなサービスより良いじゃないか。


 さて。

 木崎が隠れた理由は、おそらく今入ってきた客の方だろう。姿を見てみたいが、それが悪手だってことくらいは分かる。その代わりに予想をしてみる。


 予想1

 木崎の元カレ、あるいは元カノ。

 良くない別れ方をしたから、顔を合わせると面倒なことになるパターン。


 予想2

 木崎のお母さんかお父さん。

 小学生の時みたいに家出をした馬鹿娘を探しにきたパターン。


 予想3

 ストーカー。

 木崎は、ある程度は見た目が良い。執着する奴の1人や2人いてもおかしくはない。


「‥‥‥若林少年? 何してるの?」


 しかし、その3つの予想は全てハズレていた。

 俺はてっきり木崎の関係者だと思い込んでいたが、別にそうだとは限らなかったのだ。


 そこには、間抜けな体制で身を縮ませている俺を訝しげに見る若月さんの姿があった。


 

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