第20話 楽なヤツ

 高校生となると、遊ぶのにもお金がかかる。


 カラオケに行くにも、スポッチャに行くにも、喫茶店に行くにもお金がいる。

 放課後になる度に「今度できたオシャレなカフェいこー」とか、「泣ける映画あるじゃん? あれ観よー」とか言っているクラスメイトがいるが、あの人達のお金事情はどうなっているのだろう。円安のこのご時世に楽しそうにしているのが、羨ましくて仕方がない。


 そう思えば、小学生時代は気が楽だった。

 公園で鬼ごっこやかくれんぼをしていれば良かったのだから。


[久しぶりだなぁ! 今度俺ン家でゲームやろうぜ!]


 そんな心配は、末永との交流では杞憂に終わった。LINEの画面には小学生から社会人までできるお金のかからない唯一の遊び、お家ゲームの提案があった。

 中学の時も、アイツの家で格ゲーをしたっけ。


[いいんか! ありがとう!]

[もちろーん。丁度明日、俺暇なんだけど、若林はどう?]


 明日はバイトもないし、宿題も夏休み後半までする気がない。よって、この世界で最も暇な人間が誕生する。


[暇。もうイヤになるくらい暇]

[お! 中学の時は忙しそうにしてたからダメ元だったけど、良かった良かった。じゃあ、13時くらいにウチにきてくれな]

[了解!]


 スマホを置いて、いつの間にか不安がどこかにいっていることに気づく。

\



 休日の集合時間が13時。

 これは、割と理にかなっていると思う。


 午前中に約束してしまうと、休日の醍醐味である朝にダラダラと過ごすことができなくなってしまう。


 対して、13時からだと充分怠けることができる。14時からとなると、遊ぶ時間が減って損しそうな気がしてしまう。

 しかし、万能だと思われる13時だが、一つだけ懸念がある。昼食をとってから行くかどうか問題である。

 俺の場合は、11時くらいには腹が減ってしまうので、コンビニメシでも何でも、さっさと食べてしまいたい。しかし、向こうが昼食スタートと考えていたら、2時間も我慢しなければならないのだ。これは、食欲魔人である男子高校生からしたら死活問題だ。


 それを末永に確認してみたら[すぐにゲームしたいから、テキトーに食べてきて!]とのことだった。なんと楽なヤツだろうか。


 そんなこんなで、7月の昼間の炎天下の中、3年ほど前の記憶を頼りに、末永の家を目指す。

 少しだけ記憶が薄れている時は、地図アプリを開きたくない現象に、偉い人は名前をつけているのだろうか。つけているだろうなぁ。人間って、不明瞭なものに名前をつけて安心するのが好きだから。

 炎天下の中で歩いているからか、性格の悪いことを考えてしまう。もうそろそろだと思うのだが‥‥‥。


「お! 若林!! こっちこっち!!!」


 頭がボーッとしてきたタイミングで、暑さにも負けない暑苦しい声が聞こえていた。

 目を向けると、二世帯住宅の庭から手を振っている末永がいた。

 この暑い中、家の前で待っていてくれたのか。


「‥‥‥おー!」


 疲れていたはずが、末永の元まで走っていく。


「お疲れ様! とりあえず、上がれ上がれ! 冷えッ冷えッの麦茶出したるから!」


 玄関に突っ立って、麦茶を待つ間に人の家特有の匂いを感じる。ほんのり臭かったが、不思議とイヤな気はしなかった。


「お待ちどう!」


 ガラス製で水色のコップをがぶ飲みする。


「ゴクッゴクッゴクッ‥‥‥ァぁあァああ‥‥‥」


 東京砂漠のオアシスは、ここにあった。

 

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