第19話 トラウマ
「‥‥‥おいで。若林少年」
下着姿の若月さんが俺をベッドに促す。
ここは、どこだろう。噂に聞くラブホだろうか?
そんな疑問も豊かな肉体を前にしたら、どうでもよくなってくる。思いのままに若月さんに包まれた俺は‥‥‥。
\
もちろん、夢でした。
「‥‥‥ふむ」
こういう夢を見ることが罪だとは思わない。むしろ、健康な証拠とも言える。
しかし、下半身に違和感を感じて確認してみたら、パンツを交換するしかない状態になっていたのには、少しへこんだ。
時計を見ると、午前2時7分。
まだ、家族が起きてくるまでには余裕がある。今のうちに洗濯を済ませてしまおう。
コソコソと洗面所に向かい、洗濯機を開ける。パンツだけだと俺の目的がバレそうなので、寝巻きのジャージも一緒に入れる。
ゴウンゴウンと、静かな深夜では、目立つ音を立てる洗濯機にドギマギしながら、グルグル回る服を見る。
「‥‥‥」
筋違いだ。
今、俺が抱いている、若月さんに対しての罪悪感。これは、あの人が性欲を否定するレベルの人だと認識しているということ。
そんなわけがない。あの人は大人なのだから、人間の三大欲求の一つを認めていないわけがないのだ。
だから、筋違いだ。
しかし、ぬいぐるみペニス現象というワードが頭に浮かぶ。
女性がぬいぐるみと戯れる感覚で関わっていた男性に性的に迫られた時に嫌悪感や恐怖を抱く現象である。
その情報を知った時に、女性「だけ」が言うあるセリフを思い出した。
「生理的に無理」
清潔感に欠けている男性や、顔の造形が‥‥‥あの、えっと、良くない男性に向けられることの多い評価だ。
このセリフに、俺はちょっとしたトラウマがある。
と言っても、俺が言われたわけではない。中学時代の友人、末永が好きな女子に告白して、そう返されている現場を見てしまったのだ。
末永は、間違いなく良い奴だった。
俺と違って明るくて、聞き上手な末永。
自分のことより、隣にいる人間のことを常に考えているアイツのことを、俺は尊敬していた。
だから、幸せになってほしかった。
それなのに‥‥‥。
生理的に無理。
改善のしようがない、雑なくせにインパクトはとんでもなく強いそのセリフによって、末永の恋は終わった。
「‥‥‥」
ゴウンゴウンゴウンゴウンゴウン。
周り続ける洗濯機と同じく、俺の脳も同じことを場面が繰り返し流れていた。
「‥‥‥平気?」
視線を向けなくても分かる。姉だ。
「‥‥‥うん」
逃げるように自室へと向かう。今は姉さえも正面から見れる気がしない。
\
<初めて同じクラスになるな! 俺、末永! よろしく!>
<‥‥‥おぅ>
中二で、しっかり厨二病を発症していた俺は、始業式の日に声をかけてくれた末永に対して、そんなスカした返事をしていた。
そんな塩対応に気を悪くした様子もなく、それからも末永は側にいてくれた。
<若林は部活何入ってんの?>
<陸上部>
<へぇ! 何先行してんの? ハードル?>
<長距離>
<うわ! 1番しんどいヤツだ! スゲーな!>
<別にすごくはない。俺は球技が壊滅的だから、それをやってる奴らの方がすごい>
<お! 俺、サッカー部だぜ! 俺スゴイ? スゴイ?>
<‥‥‥ウザ>
今に増して斜に構えていた俺に、そうやってグイグイ話しかけくれたのは、今思えばありがたかった。
クラスの中心の陽キャと、無愛想な陰キャは少しずつ仲良くなっていき、休日を一緒に過ごすまでになった。末永がいなかったら、灰色の中学生活だっただろう。
そんな恩人に、高校に入ってから会っていない。
連絡先は知っているのだから、遊ぼうと思えば遊べるのだが、謎の羞恥心からLINEを送ることすらできなかった。
もし、向こうも同じ気持ちなら、今度は俺から距離を詰めるべきなんじゃないか?
そう思い、スマホを手にとってLINEアプリを立ち上げる。
[いつ空いてるの?]
少し前に流行った『香水』という曲のまんまで送ってみた。アイツに伝わるだろうか。
ポンっ。
すぐに返信がきた。
[香水か!?]
「‥‥‥ハハ」
変わらず、明るい末永にホッとする。
変わってねぇなぁ。
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