第18話 強力なカード

「てか、今まで気づかなかったの?」

「全く‥‥‥」

「アハハ。小学生の頃から人の名前覚えるの苦手だったもんねー」


 あれから2日が経ち、俺は木崎とカフェにきていた。


 1人では、まず入ることのできないオシャレカフェだ。パンケーキが名物らしく、周りの客達は様々な角度でそれを撮影している。映えって大変なんだな。

 俺達の分のパンケーキも運ばれてきた。一応、SNSはやっているがXのみだ。こういうのを拡散するのはインスタとかの役割だろう。Xでパンケーキの写真を載せたら、数少ないフォロアーから袋叩きに合う可能性がある。


「いただきます」


 だから、一枚も写真を撮らずに口に運ぶ。

 お。美味い。

 店で出しているパンケーキを初めて食べたが、本気で好きかもしれない。映えを先行しただけの商品だと思っていたのは偏見だったらしい。


「美味い美味い」

「そりゃ良かった」


 木崎も写真を撮り終えたらしく、パンケーキを口に入れる。

 一口が小さく、そんなもんで味が分かるのかと疑問に思ったが、本人は幸せそうにしているのだから良いのだろう。


「で? バイクのお姉さん‥‥‥若月さんと若林は、どんな関係なの?」


 パクパクとパンケーキを食べていると、木崎が話を本題に戻した。

 それを説明するのは、俺のパーソナルな部分も話さないといけないから、気が進まない。しかし、このパンケーキのお代は木崎が出してくれることになっている。誤魔化すわけにもいかないだろう。


「えっと、実は俺不眠症気味なんだけど‥‥‥」

\



「へぇ! なんか、恋愛映画みたい!」


 キモがられる覚悟をしていたが、予想に反して木崎は前屈みで俺の話を聞いてくれた。


「良いなぁ。私なんかより、よっぽど青春してるよ」


 パンケーキはとっくに食べ終えて、コーヒーを優雅に飲んでいる木崎。俺と同い年とは思えないほどの大人感だ。なんだ、年上の男にでも弄ばれたか。


「もう、何年も好きな人できないんだよね。友達と恋バナ巧くできなくてさ」

「ほーん」


 興味なさげな返事をしてしまった。


「おーい。なにさ、その返事はー。若林のせいでもあるんだぞ」

「ん?」

「ほら。私、小学生の頃、若林のこと好きだったじゃん?」

「‥‥‥」


 ハッハッハ。


 さすがギャル。健気な男子高校生を戸惑わせれることが巧いことで。でも、俺は騙されないぞ。そんなこと、当時は全く感じなかったからな。

 俺はラノベの主人公ほど鈍感ではないのだ。馬鹿にしてもらっては困る。


「若月さんにバイク載せてもらってた時、若林がデレデレしてるのが気に食わなくてさ。最初の方、めっちゃ感じ悪くしちゃって。あれは失礼なことしちゃったなって、今でも反省してるよ」

「‥‥‥」


「あと、若林の気を引きたくて、全く興味のない漫画読んでみたりね。で、読み始めたら面白くて面白くて、最終的には若林より詳しくなったよね」

「‥‥‥」


「運動会の応援団になったのも、一緒にいたかったからだよ。一緒に練習できて楽しかったなぁ」

「‥‥‥え? 本当に好きだったの?」


 恐る恐る聞いてみる。

 これだけ具体的なエピソードが出るってのは、嘘だったらそれなりの準備が必要だ。まさかとは思うが、本気だったのかもしれないと確認してみる。


「ん? 当たり前じゃん」


 曇りない目とは、こういうことを言うんだろう。

 そんな、綺麗な目で見つめられたら、自分の罪を告白せざるを得なくなる。


「‥‥‥ごめん。気づいてなかった」

「マジで!? ラノベの主人公かよ!?」


 ケラケラ笑う木崎。

 とりあえず、怒られなくて良かったとホッとする。


「結構、露骨にアピールしてたつもりなんだけどなぁ。クラスのみんな知ってるレベルだったよ」

「マジか」


 ラノベの主人公という、不名誉極まりない評価も受け入れるしかない。木崎が恋愛という戦いをしている時に、肝心の俺はハナクソでもほじっていたのだろう。万死に値する。


「ハッハッハ。ホント受ける」


 次第に、息をちゃんとできているか心配になるくらい笑っている。


「ヒィ‥‥‥ッハァ、ヘェッ」


 笑いが治るまで、俺もコーヒーを飲んで過ごす。

 ‥‥‥この時間、地味に気まずいな。

 この間、若月さんに勧められたコンビニのコーヒーよりも深みがあるはずだが、きちんと味わうことができないでいた。


「ハァァ‥‥‥ァ。ごめんごめん。落ち着いた」


 待つこと2分。ようやく話せる状態を取り戻してくれた。


「いやいや。こっちこそ、ごめん」

「良いよ良いよ。今は何とも思ってないから」


 グサリと刺してくる。

 ま、まあ、これくらいの攻撃はスルーするべきだろう。


「でも、そんなんじゃ心配だなぁ」

「何が?」

「若林って、恋愛オンチ‥‥‥ってわけじゃないか。えっと、攻撃力が高いけど、防御力を低いって感じ?」

「スポーツチームだったら格好いいな」

「スポーツチームだったらね。恋愛だと致命的だよ」


 冗談を言ってみたら、厳しいことを言われた。真面目モードになったらしい。


「若林が頑張ってアタックして、若月さんが好きになってくれた時に、それに気づかないってヤバいよ」

「‥‥‥確かに」


 さすが女子。俺が考えもしなかった問題を指摘してくれる。前提が都合良すぎるが、それは対策しておくべきだろう。

 どうしよう‥‥‥。

 数秒考えで、目の前に頼りになる人がいるではないかと気づく。


「木崎。お願いがあるんだけど」

「ん?」


 思いついたアイデアを、すぐに口に出すのは俺の長所なのだろうか? 短所なのだろうか?


「進展があったら、これからも相談に乗ってもらっても良いか?」

「いいよ!」


 親指を立てて、即答してくれる木崎。

 異性の相談相手。

 恋愛に関して、強力なカードを手に入れた。

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