第16話 父のアドバイス
令和では、困っている子供がいても不審者扱いされる。
親はもちろん、子供も社会に対する警戒心をしっかりと持っているので、話しかけただけで通報されてしまうのだ。
しかし、当時は平成だ。歩きタバコをしていたオッサンか存在していた時代だ。歩きスマホでとやかく言われる令和よりも治安が悪い時代だ。
だから、初対面のお姉さんのバイクに乗せてもらう経験ができたのだ。
「池袋!? 都会っ子なんだね!」
お金も交通手段も無い、無力が過ぎる子供達を命の恩人は、気まずくならないように話まで振ってくれた。
神なんて信じていないけど、俺の目にはその人が女神に見えた。ああいう感情から信仰宗教が始まるのかもしれないな。
「はい! ありがとうございます!」
バイクのエンジン音がうるさくて、必然的に大声での会話になる。
「私さ! 今受験生なんだけど、大学は池袋の学校考えてるんだ!!」
小学生にとって、大学ほど得体の知れないものは珍しい。ドラマなどで、高校までは小学校と変わらない印象を持っているが、大学は意味が分からない。
自分で受けたい授業が選べるって何? そんなことが許されるの? あと、なんでバイトばっかしても卒業できんの?
分からないことだらけの場所に向かおうとしているお姉さんが、より格好良く見えた。
「君達のおかげで、下見ができるよ。ありがとうね!」
「えっと! どうもです!!」
お姉さんも、そこまでお金に余裕が無いらしく、電車賃を渡すわけにはいかなかった。
故に、こうして、ふじみ野から池袋までバイクで送ってくれている。
「‥‥‥」
ちなみに、木崎はずっと黙っている。
自己紹介の時ですら、ムスッとしているだけだったので俺が代わりに紹介することになった。恩人中の恩人なのだから挨拶くらいはしろよと小声で注意したが、逆にメンチを切られた。
「女の人が怒っている時は下手なこと言わない方がいいぞ」
これは、父さんのアドバイスだ。
木崎とは幼稚園から一緒で、その頃から仲が良かったのだが、もちろん喧嘩もする。大人だったら修復不可能なレベルの大喧嘩をして号泣して帰ったことがあった。
その日、母さんと姉さんはサンリオランドに行っていたので、家には父さんしかいなかった。俺も誘われていたのだが、キティちゃんにそこまで魅力を感じていなかったので断っていた。ごめんよ。
同じく誘いを断った父さんは、テレビで野球の試合を観ていた。泣いて帰ってきた我が子を見ても落ち着いたもんだった。
それなりに盛り上がっていた野球観戦を中断して、話をしっかり聞いてくれた。東京出身なのに、何故か中日を推し続けている生粋のファンが、野球より自分を優先してくれたことにちょっとした優越感を抱いたことを覚えている。
しかし、肝心の喧嘩の理由は覚えていない。当時はこの世の終わりくらいの絶望感があったのに不思議なものだ。
その時に言われたのが、先の言葉である。
幼稚園児の息子の友達を「女の人」と表現したのは、今思えばズレているが、それ以外は適切なアドバイスだったと思う。
「怒りの感情で女の人に勝てると思わない方がいい。もちろん、拓也にも言い分があるのは分かる。でもな、それを言うのは相手の怒りが萎んでからでも遅くない」
きちんとした論理に基づいたアドバイスに、足りない頭でも完全に理解までには至らなかったけど、俺のことを考えてくれていると感じることはできた。
あの時に、「ちゃんと謝れば仲直りできるよ」とか「一緒に謝りに行こう」とか言われたら反発していただろう。
その後、外食をしようとファミレスに連れて行ってくれた。夜に外食というガキにとっての一大イベントに、俺のテンションは爆上がりだ。お子様ランチを食べている頃には木崎のことは気にならなくなっていた。
だから、今回もいらんことは言わずに放っておこう。
そんな冷たい判断をした俺は、その後のお姉さんの行動を見て敗北感を味わうことになる。
自分がガキだってことを、改めて思い知らされたのだ。
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