第15話 家出は必ず失敗する
小学生の頃、若林拓也は陽キャだった。
座り続けるのが苦手で、授業が終わるのと同時にグランドにダッシュして、旧友達とドッジボールやサッカーなどをしているタイプの元気ヤローだったのである。
(あの頃が、人生のピークだったのかもなぁ)
現在17歳の若林拓也は、時々そう思うことがある。
自分にできないことなんて無いと本気で考えていた。
サッカー選手にも、俳優にも、総理大臣にだってなれる自信があった。
それが今はこのザマだ。
自分の限界をいつの間にか決めてしまい、極力努力せずに人生を送りたいという舐めた人間になってしまった。
そうなる前の俺、つまりは全盛期の俺には特に仲良くしていた女子がいた。
それが、突然図書館に現れた木崎レナだ。
彼女と俺がどんな仲だったのかを知ってもらうために、紹介したいエピソードがあるのだが、聞いてくれるだろうか?
調子に乗っているクソガキの話をさせて頂くことを、どうか許してほしい。
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「家出しよう!」
木崎がそう言い出したのは、12月24日。つまりクリスマスイブのことだった。
「なんで?」
「なんでも!」
俺の至極真っ当な疑問は蹴散らされる。
しかし、今以上に馬鹿な俺は「面白そう」と感じていた。
今と変わらず家族が好きな俺だったが、毎日顔を合わせる彼らとは関係ない生活をしてみたいとも感じていた。
非日常を味わいたいという、贅沢が過ぎる想いを叶えてくれそうな木崎の提案に俺は飛びついた。
「良いぜ! 行こう!」
「さすが若林! アンタならそう言ってくれると思ってた!」
普段から学校でイタズラをしている仲なので、こういう悪めのことに誘いやすかったのだと思う。断じて木崎が俺のことを好きとかではない。絶対にない。
「どこに隠れる?」
「どこでもいい。遠くに行こう」
小学3年生のくせに、純文学みたいなことを言う木崎を俺は愚直にも「格好いい」と思ってしまった。
本当なら、家出の理由をもっと頑張って聞くべきだろうと、タイムスリップして説教してやりたい。 お前1人なら良いが、女子を危険な目に合わせるな。
しかし、その声は過去には届かない。
2人の小学生は、東武東上線に乗りこんだ。子供だけで電車に乗ることは初めてで、無駄に興奮していた。きっとうるさかっただろう。同じ車両に乗っていた皆様に、この場で謝罪したい。すみませんでした。
閑話休題。
電車に揺れるのにも飽きた俺達が降りたのは、ふじみ野という街だった。
これという特徴は無い。都会でもなく田舎でもない中途半端な街。失礼な話だが、池袋との落差が物珍しかった。
「この街で、秘密基地を作ります!」
「おー!」
小学生が最もテンションが上がるワード。それが秘密基地である。
秘密基地といえば、やっぱり緑豊かな場所で作るのが鉄則だ。俺達は適性のありそうなフィールドを探した。
アニメで見たような立派な秘密基地を作ろうと張り切っていたが、創作物と現実を一緒にしてはいけないと学んだ。
やっとの想いで見つけた草むらで、何をどうしたら秘密基地が作れるのかと俺達は途方に暮れた。
木材も見当たらないし、草でドーム状の空間を作ろうとしたが、冬の冷たい風で吹き飛ばされてしまう。
それでも悪戦苦闘すること3時間。
「‥‥‥帰る?」
「‥‥‥うん」
無力な子供は、家出を諦めた。
これでスムーズに帰れていれば、大して記憶に残らない思い出になっていたのだらうが、我々はとんでもないミスをしでかしていた。
「あ。でも待って。帰りの電車賃がない‥‥‥」
「‥‥‥あ」
黙り込む。
「う‥‥‥」
「いやいや。泣くなよ。木崎。何とかなるって」
「う、う、ヴァァァァァァァァァァァァァァん!!!」
正直に言うと、俺だって泣きたかった。でも、ここで泣いたら終わりだとは理解していて、目に力を入れて涙を流れるのを必死に耐えていた。
「そうだ! 警察! 交番に行って親を呼んでもらおう! な!?」
若月拓也にしては冴えた案だ。しかし、その交番がどこにあるのか分からない。
詰んだ。俺達はこのまま野垂れ死ぬんだ。
本気でそう考えました時、遠くから声が聞こえてきた。
「そこのチビちゃん達! どうかした!?」
30メートルほど離れた道路に、バイクに跨った女性の姿があった。
「えっと!!! 迷子になってしまって!!!」
大きな声で軽い嘘をつく。
「そりゃ大変だ!! 今迎えに行くから待ってて!」
蜘蛛の糸とは正にこのことだ。もし生きていたら、芥川龍之介に報告したいくらいに。
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